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世界のどこにも神はいない
型わく解体工の中里光一はアスベストによる肺ガンが脳に転移し
五十九歳で逝ってしまった。

草草は やんちゃに伸び 囚われず伸び続け
そのままずっと伸び続けてずっとずっと
ほんとうにあなたは雑草。たくましくていつもそばにいる
二人で孫のめんどう見るにはまだ早いけどねとかいいながら
暮らしていくとずっと思っていた

おい、オレと一緒にならねえか
そんなこと飲んだ勢いで言うこと?
看護婦になるまで待ってて
待てるかなあ!!
まあちゃんと明日からでもいいぜ。

十九歳で結婚 長男、次男、長女が生まれ
解体工事で毎日 頭のテッペンから足の先まで真っ白になる光一
作業着を脱がせて洗濯機に放り込み
作業着を毎日毎日来る日も来る日も洗い続けた
来る日も来る日も働いて働いて
来る日も来る日も食べて笑い食べて働き
来る日も来る日も光一は毎日毎日真っ白になって
来る日も来る日もアスベストは
光一の胸を真っ黒にした

顔はイカツイが気は優しい光一
買物はいつも口笛を吹きながら車をだしてくれる
二人だけになったら光一の運転で日本一周しようよ
野宿でもなんでもして
夜はハンモックで星に包まれて
光一 光一 聞こえるよね 光一

「介護休暇取った方がいいですよ」夫の担当の看護師からアドバイスされました
10月5日最期の日
朝から呼吸が荒くなり娘が「パパ!」とよびかけた時に片目をあけ
そのまま逝ってしまった。
別れの言葉も言えなくて
なぜ死ななければならないのか
自分でも納得出来ないまま

世界のどこにも神はいない
型わく解体工の中里光一はアスベストによる肺ガンが脳に転移し
五十九歳で逝ってしまった。
「夫と一緒に買物にいったところには今もいけません」まあちゃんは10年たった今 声を詰まらせた

2022年3月29日最高裁第2小法廷
解体工事でアスベストを吸った労働者に対して企業側の上告審弁論が行なわれた
ニチアスとエーアンドエーマテリアル社は建材の出荷から解体まで長時間が経過し実効性ある警告は困難だったと主張した。

光一は毎日まっ白だった
頭から足先まで
帰ってくるとむせるように咳をした それがなにを意味するかなど
誰も知らなかった誰も疑わなかった。
毎日クタクタに働いて 一杯呑んで 子どもたちと風呂にはいり
テレビをみて床に入り 朝5時に起き仕事にいく毎日毎日

そもそも職人のいのちは経済の下敷だったのではないのか

ひとりの職人のいのち それは
企業という柵の外で
今も 息苦しく不便なまま 



2022年に詩集を発行いたしました。サポートいただいた方には贈呈します