見出し画像

「もう一度、生まれてきたいと思う?」――『スカイ・クロラ』レビュー

※ネタバレ有り。
『スカイ・クロラ』は2008年に映画化されたアニメ作品で、監督は『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(95)『イノセンス』(04)などで世界的に高い評価を受ける押井守がメガホンをとった。アニメファンでない日本人にもその名が浸透している有名監督の一人である。原作は若い世代から熱狂的な支持を受ける作家・森博嗣による人気シリーズだ。

物語の舞台は一見外国のようだが、公式では「あり得たかもしれないもうひとつの現代」と記されている。主人公は思春期の姿のまま、永遠を宿命づけられた「キルドレ」と呼ばれる子供たち。

彼らには老いがなく、病にかかることもない。そのためあえて戦争請負企業に勤務しパイロットとして戦っている瞬間にしか、生と死の実感が持てずにいる。押井監督はキルドレを現代の日本の若者に重ね合わせたという。「戦争も革命もなく、平和という永遠にも似た世界を生きる若者たち。天寿を全うするまで生きられる世界。裏を返せば、それはとても辛いことなのではないかーー?」と。

アニメというとそれだけで敬遠してしまう方もいると思うが、個人的におすすめしたい点はこのアニメが限りなく実写に近い表現をしている点だ。キルドレは表情の変化が乏しいため、アニメーション特有のある意味大袈裟な表情の変化がほぼない。表情豊かなディズニー映画のようなアニメとは対極にあるとも言える。
また登場人物の吹き替えを担当したのも、菊地凛子・加瀬亮・谷原章介・栗山千明ら俳優陣で、淡々とした喋り方がキルドレのテンションの低い静かな喋りに実にマッチしている。脚本はドラマ「世界の中心で愛を叫ぶ」などを担当した伊藤ちひろだ。

この作品の舞台では戦争は実在するがそれを戦争請負企業が代行しているため、犠牲になるのは民間人ではなく主にキルドレたちである。彼らの空での緊迫感ある戦いと空の下での退屈そうな日常と共に、描かれる物語の主軸は主人公・草薙水素(クサナギスイト)と函南優一(カンナミユウイチ)の恋愛模様だ。
草薙はとびきりのエースだったため戦死せず長い間生き残ってしまい、やりきれぬ思いを抱えて生きている。キルドレたち(特に自分にとっての恋人である函南)が戦死後、何度も体だけ他人の体となり、パイロットとしての能力や性格はそのままに過去の記憶を忘れて生き返ってくるのだ。そんな永遠の繰り返しに草薙は絶望し、劇中でたびたび自暴自棄な行動をとる。

草薙は銃で自らの命を絶とうとするが、全てを理解した函南は草薙の自殺を制して言う。「君は生きろ。何かを変えられるまで。」
そして翌日、函南は草薙を地上に残し仲間と共に大空へ舞いあがる。出撃の最中、心の中で函南が呟く言葉は、映画「スカイ・クロラ」を象徴するようなメッセージ性がある

「いつも通る道でも、違う所を踏んで歩くことができる。いつも通る道だからって、景色は同じじゃない。それだけでは、いけないのか。それだけの事だから、いけないのか。」

私は今アラフォーだが、この作品が公開された当時はまだ人生80年と言われる時代であった。人生100年時代になった2023年現在、あと60年も生きなければいけないのか……と、鬱っぽい時はうんざりする時もある。そんな、似たような毎日にげんなりした時にそっと背中を押してくれる映画だ。ただ、生きようと。

ラストは見る人によって希望とも絶望とも取れる最後になっている。エンドロール後のラストをぜひ見逃さないでもらいたい。あなたは希望と絶望、どちらを選択するだろうか。



この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?