ILMとUE4が目指すもの「すべての映画はゲームで作られる」……か?


 SWシリーズを手掛けるILMにより米ディズニーのGalaxy's EdgeをモチーフにしたVRゲーム『Star Wars Tales from The Galaxy's Edge』が発表された。

 元になったエリアと同タイトルのこの作品は、エリアのの雰囲気や見た目を再現することがゴールで、Galaxy's Edge内のアトラクションSmuggler's RunのアーティストやCGモデルを移植している、と公開された動画では語られている。
 VRとアトラクション、テーマパークは明らかに密接な関連があるのだけど、このニュースの凄さはそれに止まらない。
 ディズニーランドのエリアが一部であってもVRという形で移植されるということも面白いけれども(ディズニーもVRコンテンツをずっと研究している。SteamVR初期にディズニーランドゲームが出たし、PixerのよるリメンバーミーではVRコンテンツが出されて、最近でもFrozen2をモチーフにしたVRコンテンツが発売された。ただいずれも小規模なコンテンツにとどまっているし、これらはインタラクション性の低いVR映画に近いコンテンツだ)、この作品はディズニーというよりは、ルーカスが創設したILMの戦略に沿って考えた方がわかりやすい。
 Lucas Filmはディズニー買収以前から、リアルタイムコンテンツの研究を続けゲーム作品を制作していた。買収後はLucas Film傘下だったVFXスタジオのILMが小規模なVRゲーム作品をILMxLabとして継続的に作り続けている。ILMは2019年にはVRゲーム『Vader Immortal』トリロジーをFacebookによるVRハードOculus QuestおよびOculus RiftS向けにハード発売と同時に発売し、大きな話題を呼んだ。

 先述したとおりリアルタイムなインタラクション性がある作品への関心はILMとルーカスフィルムにずっと継続してあったものだった。
 しかしILMの戦略は単にVRやゲームに手をつけたいという範疇に収まるものではない。『Vader Immortal』はゲーム制作ソフト(ゲームエンジンと言う)「Unreal Enginge4」(以下UE4)を利用して作られたが、ILMはSWフランチャイズの映像作品でもこのソフトを使用している。近年のコンピュータ技術の向上により、ゲームに使用されるリアルタイムグラフィックは、映画におけるCGの質感の極めて近くなった。これは従来は膨大な時間を必要としていたレンダリング(CG映像内の光を計算して絵に落とし込む過程)を大幅に短縮し、現場でルックを変えるなどの処理ができるようになったことを意味する。
 ILMは映画をゲームの力を使って創造し始めている。 『ローグワン』の数シーンはUE4のリアルタイムCGが制作に用いられている。さらに2019年の『マンダロリアン』ではUE4を全面に使用し、人物の背景に巨大なLEDスクリーンをたて、そこにリアルタイムに動く映像を投影し撮影と同時に合成を行う新しい手法を開発した。そこでは撮影した映像がそのまま最終ルックに近くなり、もはやブルースクリーンに悩まされる必要はなく、光源の位置やCGセットの微調整を現場で変更でき、それを自由なカメラアングルで行うことができる。CG映像はゲームと同じくリアルタイムで動くので、カメラ位置に合わせて映像を変化させることもできる。


 技術的に言って、ILMは映画撮影をゲームに変えたのだ。
 だがILMのゲーム戦略はそれに留まらない。今回のVRゲームの元になったDisney Worldに存在するエリアGalaxy's Edgeのアトラクション「Smuggler's Run」もまた同じくUE4を用いたゲームの技術が使われている。「Smuggler's Run」はゲストがSWに出てくる宇宙船ミレニアムファルコンに乗り込むアトラクションだが、ゲストはここでミレニアムファルコンを操縦し、銃座を用いて障害物を排除することが求められる。こうしたインタラクションは当然ながらリアルタイムの変化する映像でなければ不可能であり、ここでもUE4によるリアルタイムCGが用いられている。
 だから今回発表されたGalaxy's EdgeのVR版というのはおそらく正確ではなく、むしろILMにとってはGalaxy's Edgeというエリアがそもそもゲームを目指していたのだ、とも言える(過言では?)。それは単にインタラクション性云々ではなく支えるテクノロジーとヴィジュアルが、ゲームなのだ、という事を意味する。
 だからILMxLABが目指すのは、アトラクション、映画、VRといったCGを活用するコンテンツ全てを、ゲームのリアルタイムCGという技術で貫通する事であり、これは「全てのコンテンツはゲームになる」という宣言でもある。
アニメ監督の押井守はかつて「全ての映画はアニメになる」といったが、今やアニメもゲームになっている。プリキュアシリーズでは同じゲームエンジンUnityが用いられ、『ノーガンズライフ』もまたUE4を用いて作られている。
 ILMのこの戦略はILMがVFXの最大手である以上、ハリウッド映画全体の戦略に容易に影響する。ILMは今後はSWのみならずMCUをはじめ多くの映画にこのゲーム技術を使っていくことは間違いない。
 事実、ILMは大規模なVR施設THE VOID(巨大な内部空間をVRヘッドセットを被って移動する施設)向けにVRゲーム『Avengers : Damage Control』を提供している。多くのアヴェンジャーズ関連作品とは違い、これは正式なMCU作品の一つとして同シリーズを統括するケヴィンファイギによっても認知されベネディクト・カンバーバッチをはじめとしたMCU作品の俳優がそれぞれの役の声優を担当している。

 こうしてILMはSWのみならず、ディズニーの他フランチャイズもVRゲーム化し、自身の戦略を実現していっている。先述したようにSWを介してディズニーランドさえゲームエンジンによって動いているのだ。
 ディズニー本体やPixarがこうした動きに呼応するかは不明だが、それを嫌がっていることはないだろう。日本のゲーム会社スクエア・エニックスが手掛けたディズニーのクロスオーバーゲーム『キングダムハーツ』をスクエアエニックス自身がUE4を用いてアニメ化し、Disney+で配信するというリークがあったが、これが事実であれば自社IPのアニメをゲームエンジンを用いてアニメ化することを(しかもゲーム会社が)ディズニーが認めていることを意味する。
 例年、VR界に大きな動きがあるたびに「今年こそVR元年」といった言葉が飛び交うけど『Star Wars Tales from The Galaxy's Edge』はもはや「VR元年」などという範囲では治らない野心的な作品であることは間違いがない。
2020年は全ての映像コンテンツがILMの手によってゲーム技術の思想で作られるようになり始まりの年なのだ。もちろん別に全ての映像がインタラクション性を高めたり、VRになっていくなんてことが起きると言いたいわけではない。
 映像を支える思想、映像を支える技術、映像の技術的支持体は逆戻りできない変化を迎えていく、のだと思う。それはどういうことなのか?何を意味するのか?どう変化するのか?はまだまだ考えないとわからないけど……。

 私の専門領域の美術も同じように変化が訪れるかもしれない。理論家のロザリンド・クラウスは、美術における支持体=Support(作品を支える物体。キャンパスなど)をもじってtechnical supportsという概念を使い、作品の中に現れる技術がどう表現それ自体と密接に結びついているかを分析して見せた。そこでは、作品を下支えする技術や、作品に現れる技術(たとえば車)それ自体が、作品の在り方を規定している。ゲームとそのほかの領域の作品も、こうした形の関わりが今後加速度的に起きていくだろう。

 実際、私自身もUE4を使いインタラクション性の一切ない映像作品を作っている。インタラクションすることはなく、一見ただの映像作品なのだけどリアルタイムに起きている、という事実だけが示される。こうした表現は今となってはもうありふれたものだし(マシニマと呼ばれる作品群は過去にもあった)、特別なことではない。今やもう、そういう状況なんだ、ということで、ILMはきっとそれをよくわかっているのだと思う。


おしまい(おもしろかったらしえんしていってねー)

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