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海外でバイリンガル子育て〜ふたつの出会い〜
これは、私がアメリカの片田舎で2人の子供に日本語を教えたいという望みを抱いて過ごした1990年代後半以降の日々の記録です。
ベターベイビーセミナーとの出会い
アメリカでバイリンガル子育てを成功させるため、私は子供の言語習得について何らかの指針を得たいと思いました。
その時に出会ったのが(今は亡き)脳科学博士グレン・ドーマン氏。アメリカ、フィラデルフィアに拠点を置く彼の研究所が主催した「ベターベイビーセミナー」でのことでした。
ドーマン氏がセミナーで教えてくれたことは、
機能が構造を決定する。人間の脳には偉大な可塑性があり、障害を受けた部分は他の部分が次第に補っていける
赤ちゃんを含め、小さい子供の脳には言語のみならず運動神経の面でも無限の可能性があること
脳は二頭筋と同様に使うことによって成長し、入れれば入れるほどたくさんのものを保持できる性質を持つ唯一の容器である。が、多くの大人は脳の可能性の数%しか利用しないまま生きている。
右脳と左脳には大きな働きの違いがある
知的能力は思考のたまものである etc.
などなど、当時の私には目から鱗が落ちるような話ばかりでした。
実は、ドーマン氏の研究施設(人間能力開発研究所 IAHP: The Institutes for the Achievement of Human Potential)は、生まれつき脳に障害を持つ子供たちの脳の機能をどう改善できるかを研究することに主眼をおいていました。
ドーマン氏は20年にわたるフィールドワークと暗中模索の中からそれまで知られていなかった人間の右脳が持つ潜在力を発見し、それを最大限に開発することによって、障害を受けた脳の分野の治療を可能にしました。
研究によって導き出されたメソッドは実際に驚くべき効果をあげており、脳に障害を持つお子さんがいらっしゃるご家族に大きな喜びをもたらしていました。
「ベターベイビーセミナー」はこの長年に渡る研究の副産物でした。
同じ方法を健常な子供たちにも提供して、彼らの将来の可能性を今まで以上に広げることが可能であることにドーマン氏の思いが至り、そのことを広く私たちに伝えるためにそのセミナーは開かれたのでした。
そのメソッドは何冊もの本になっていて、ここに簡単に紹介できるようなものではないのですが、その会場にはアメリカ国内のみならず世界各国から幼い子供を持つ親、おそらく200〜300人は参加していたと記憶しています。
これらのことは、すべて1990年代後半のできごとです。現在は更なる発展を遂げていることでしょう。
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セミナーの内容
セミナーは3日間に及び、ドーマン氏の講義、主に一般人にもわかる内容の脳科学理論が中心で、具体的なメソッドと教材も紹介されました。
最終日に、私たちは敷地内の体育館へ案内され、ドーマン氏の理論に共感し実際にメソッドを実践した(多くは)母親の元で育てられた3~7歳くらいの子供たちが、実際にどのように育っているのかを見学できる場が用意されていたのです。
まずは、競技大会で見るような体操(床のルーティーン)これには驚きました。小さな子供たちが、オリンピック選手さながらに床を飛び回る様子は全く見事としか言いようがありませんでした。
が、ことはその程度では収まらず、次に同じ子供たちが今度は制服に着替えてバイオリンを握ってクラシックのコンサートを始めたのです!
後で知ったことですが、これはドーマン博士が以前に日本を訪れ、バイオリンのスズキメソッドによって育てられた子供たちの演奏会を見学して感激し、自身のメソッドにも加えたとのことでした。
締めくくりは、分厚い本を開いてシェークスピアの朗読(!)とまるで信じられないような光景が繰り広げられたのでした。
ことば育てにできることとは?
その3日間にわたるセミナーのおかげで、人間の脳、特に赤ちゃんなど小さい子供の脳に関する私の認識は180度変わりました。
「子供の脳は五感で感じること、見聞きすることをスポンジのように吸収する。アメリカで子供に日本語を学ばせるには私が日本語環境を準備するかしないかにかかっている。」
私はそう確信しました。
セミナーでしっかり理論武装させてもらったお陰で、私はその後何年もの間、アメリカで生活しながら子供に日本語を覚えさせるためにすべきことを少しの迷いもなく判断、実践することができました。
最終日に、セミナーが散会になった時、参加者はドーマン博士たち主催者側と直接質問をしたり、感想を述べる機会に恵まれました。
こんなチャンスは他にない!と思った私は参加者の長い列に加わって、ドーマン氏と直接話せる機会を待ちました。
そして、ついに私の番が来た時にお礼を述べた後、「私は自分の幼い子供に日本語が話せるようになってほしいと思っている。今できることのアドバイスがほしい。」とお願いしたところ、
「聞く力を育てなさい。お子さんが3歳になったらスズキメソッドの先生を見つけてバイオリンを始めなさい。小さな手にはピアノはまだ無理。バイオリンなら、小さな手に合ったサイズがあるから」
そんなアドバイスを頂いたのです。
今は日本語を話すような環境がなくとも、耳から入ってくる情報が脳と深く結びつく右脳をしっかり育てておくことで、将来の言語習得が断然容易になるからという説明でした。
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バイオリンのスズキメソッドとの出会い
今は亡き鈴木鎮一氏は、バイオリンによる幼児向け才能教育で1990年代当時すでに世界中で知られた存在でした。
氏は「日本にいれば、当たり前のように日本語を話す。これはどうした訳か?」という素朴な疑問から、「母国語の教育法」を編み出し「母国語を習得する方法で音楽を教える」スズキメソッドを長野県松本市でスタートしました。
私が才能教育という問題に着眼した動機は、すべての子供たちがみなりっぱに言葉を解し、これを自由に話す能力を持っているという、きわめて平凡な事実に気がついたからです。子どもが言葉を話すということは、何でもないことのようでありながら、二歳で296語、三歳で886語、三歳半で1231語、四歳で1675語、五歳で2060語を、しかも複雑な構成を持つ言葉を、どの子もわけなく習得して、これを自由に表現しているのです。
この能力は、極めて高度の能力ではないかということに気がついたのです。そしてこのような非凡な能力を発揮できる子どもたちが、他の一面では算数ができなかったり国語ができなかったりするのは一体どういうわけであろうか?という疑問が生じたのです。そして「算数ができないからあの子は頭が悪い」と決めつけられている一般の常識は正しいのであろうかと疑ったのです。
算数ができない頭の悪い子が、他の一面では数千語の言葉を自由に話す能力を示しているのはどうしたわけか。これは一つの矛盾ではありませんか。言葉の能力も頭脳によって発揮されているにもかかわらず、それで頭が悪いと決めていることは、私には納得できませんでした。
そこで、この問題について研究した結果、次のような結論に達したのです。
1、人は生まれつきそれぞれ特定な能力を持って生まれてくるものではなく、その元となる能力素質を持っているのである。
2、能力素質とは、刺激とそのくり返す訓練によって育つ特性をもった「才能の種子」とも言うべきものである。言葉は、刺激とそのくり返しの上に育成された才能のひとつに過ぎない。
3、言葉の習得には能力を育てるすぐれた指導法が行われている。
4、言葉以外のものも同じように能力を発揮できる。人間の能力素質は言葉であろうと、別のものであろうとその区別はなく、与えられた刺激と訓練の行われるところへ能力として伸びていく。言いかえれば、どのような才能でも、育ちやすいよい環境の中で、優れた指導者のもとで正しい訓練が行われるならば、言葉のようなすぐれた能力を発揮するだろう。
5、能力素質には優劣はもちろんある。それは生理的な遺伝や疾病による生命力の強弱反応の速度などによるが、しかし劣性の能力素質と言えども言葉が自由に話せる程度ならば相当すぐれた能力発揮ができるはずである。
鈴木氏のメソッドは幼児期は譜面を読むことより、まず耳から入ってくる音の情報を重視してバイオリンが弾けるようになることが大事だという、正に右脳ファーストの教育法です。
この情報を得たドーマン博士の令嬢、ジャネット・ドーマン氏(現在のIAHPの所長)は当時(1990年代前半かそれ以前)すでに来日、スズキ才能教育研究会を訪問して情報をドーマン氏に持ち帰っていたのです。
こうして、スズキメソッドはドーマン博士の知るところとなり、氏の教育理念に合致するものとしてIAHPで実践されるベターベイビーメソッドの一部となっていました。
我が家の日本語育ての一端を担うものとしてのバイオリンのおけいこがスタートしたのにはこのような経緯がありました。
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スズキメソッドのアプローチの仕方
バイオリンはコンサートでは、大人用の4/4サイズのものしか見かける機会がほとんどありませんが、演奏者の体のサイズによって大きさが何種類もあります。
一番小さいものは1/16というサイズで2歳児からレッスンを始めることができ、バイオリンは一番若い年齢で音楽を習い始めることのできる楽器のひとつです。
しかし、年齢や手の大きさだけが決定要素だという訳ではありません。
スズキメソッドでは、最初から子どもにバイオリンを持たせることをしません。まず、子どもを他の子のレッスンに何度も連れて行って、自分も弾きたいという気持ちになるまで待たせます。
それから、家で子どもを指導する親が正しい姿勢で、正しくバイオリンと弓を持ち、かつ正しく左手の指で弦を押さえて最初の一曲「キラキラ星変奏曲」を弾けるようにならなければいけません。
そうしないと親が家庭で子どもを正しく指導できないからです。
入念な下準備がないと途中で挫折する家庭が多いということです。早い方がいいのは言うまでもありませんが、早く始めることが一番重要なわけではありません。
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うちの場合は、アメリカの片田舎に住んでいて先生も公認のスズキティーチャーという訳ではなかったので、最初のポイントはさほど重要視されませんでした。
その代わり、ボール紙とものさしで作った仮のバイオリンと手作りの弓で、持ち方扱い方等をアメリカ流に楽しく仕込まれました。
2番目の点については、私もバイオリンを習ってみたかったので親子で習い始めました。やはり親がバイオリンを弾くというのは、大きなメリットです。
指導のポイントがわかりますし、親が自分の曲を練習している間に子どもはその曲を何度も聞かされる羽目になり、その過程で曲をしっかり覚えてしまいます。
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そして、自分がその曲を弾く段になるともう楽々と弾けるのです。というわけで、バイオリンの世界は我が家の一部になりました。
その後、息子はスズキメソッドの教本第10巻を終了して、地元の芸術大学全寮制附属高校に奨学金を貰って入学していきました。
バイオリン人生から思うこと
バイオリンを3歳から始めてもうすぐ24年になろうという息子のこれまでを振り返って、言葉育てに楽器の練習が有効かそうでないかを論ずるつもりは全くありません。
日本に住んだことのない息子が日本語を話すようになった背景に、どれだけ音楽教育の影響があったかは数値で計りようもないことです。
ただ、今私がこれまでの年月を振り返って思うのは、音楽と共に生きてきた日々が私たちのQOL(Quality of Life)を高めるのにとてつもなく貢献してきたという事実です。
小さい頃からバッハやモーツァルトの曲に親しみ、7〜8歳頃(?)には絶対音感を獲得、音程が確かで暗譜が早いなどの強みは確かにありました。
子供が通った現地の田舎の公立小学校には(驚くべきことに!)音楽室もピアノもなく、音楽の授業といっても音符さえ教えず、ディズニーの歌などを聞かせていましたから尚更です。
しかし、私にとって一番意味が大きかったのは、彼が私には知る術もない深淵な音楽鑑賞力を得たこと、そして好きな曲を自ら演奏する喜びを知るまでになったことです。
何世紀にも渡って愛され続けるバッハの無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータやシベリウスのバイオリン協奏曲、シューベルトの弦楽四重奏曲「死と乙女」などを弾ける人は本当に一握りです。
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音楽はそれ自体で一つの言語です。どこの国の人でも、何語を話す人でも、アンサンブルを組めば即、音楽という言語をシェアすることができます。
私としては図らずも、息子がそういう境地に立てたことこそが、音楽を続けてきたことの最大の恩恵だったように思っています。
そして、私にも何度聴いても心動かされるクラシック音楽の名曲リストができました。心がざわついた時にそういう曲を聴くと、次第に気持ちが浄化されるのを感じます。
ここまでお読みくださって、本当に有難うございました。
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