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〈起業〉という幻想_アメリカン・ドリームの現実

どうも、犬井です。

今回紹介する本は、スコット・A.シェーンの「〈起業〉という幻想 ─ アメリカン・ドリームの現実 」(2011)です。この本は、2008年に出版された「The Illusions of Entrepreneurship: The Costly Myths That Entrepreneurs, Investors, and Policy Makers Live By」を全訳した書です。

本書は、いわゆる起業家にまつわる神話を再生産して提供するのではなく、起業に関する実際のデータに注目して、現実がどうなっているかを描き出しています。以下では、アメリカでの典型的な起業家像がどのようなものか、彼らは何をどのように行なっているか、そして、そのビジネスがアメリカ経済に対してどのような影響を持っているかを、簡単にまとめていこうと思います。

アメリカは起業ブームなのか

アメリカは実際には、はるかに低い割合でしかビジネスを始めていない。新たなビジネスを所有し、運営するプロセスにいる生産年齢人口のパーセンテージで測定すると、下図の通り、アメリカはほぼ最下位あたりにいる。

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加えて、一人当たりの社齢の若いビジネス数で見ても、アメリカは各国中で下位三分の一に位置している。さらに、新たなビジネスの一人当たりの開業率を見ても、各国中真ん中くらいである。アメリカ人が、世界中で最もビジネスを新しく始める傾向の強い国民などではない。

また、開業率の違いを説明する際のキーとして、その国の富が挙げられる。一人たりのGDPが高いほど、自営の割合は低くなり、GEMによるなら、むしろ発展途上国の方が、新たにビジネスを始める割合が高いのである。例えば、ペルー、ウガンダ、エクアドル、ベネズエラでビジネスを始める生産年齢人口のパーセンテージは、アメリカの2倍以上になっている。

その理由は、企業規模の拡大にある。企業が拡大した国では、起業するのに必要な機会費用は増え、また、支払われる賃金も上昇し、起業するよりも高い賃金を得られるため、人は自分で働くのをやめ、かわりに他人のもとで働くようになるのだ。加えて、自営の多い農業経済から、自営があまり一般的でない工業経済への移行も、自営の割合を大幅に減少させる一因になっている。

また失業率が高い地域ほど、自分でビジネスを始める傾向にあることがわかっている。起業家になって失うもの、つまり経済学者が言うところの機会費用が少ないからである。

以上より、アメリカおよび、その他の先進諸国では、自営業を始める人の割合は増加しておらず、100年前に比べれば、現在の水準は極めて低いのである。

起業家的な産業

今日の典型的な起業家は、サービス関係のビジネスを始める。例えば、アメリカでは、サービス業で創業されるスタートアップ企業の数は、製造業のそれに比しても8倍もの数に達する。毎年の新たなビジネスのうち、専門職サービスや建設業、あるいは小売業などの分野だけで全体の35〜40%を占めており、製造業はわずか6%以下に過ぎない。

また、ほとんどの起業家は、既存の企業がほとんど存在しない会社を始めるよりは、すでに非常に多くの会社が実際に経営されている産業でこそ、新たなビジネスを開始している。内国歳入庁のデータを見ても、業種あたりの所得や営業利益と、開業率の間に顕著な正の相関は見られない。

また、アメリカ中小企業庁のデータによると、スタートアップ率と失敗率の相関係数は約0.77である。すなわち、最も失敗率の高い産業は、最も起業する割合の高い産業でもあるのだ。

この理由の一つは、多くの起業家が自分自身がかつて働いたことのある産業でビジネスを始めることにある。平均的に、これらの産業は多くの人間を雇用し、最も競争的である。二つ目は、多くの起業家は、新たに会社を始めることが容易な産業でビジネスを始め、そのように簡単にビジネスを始めることのできる産業で開始されたビジネスは、他の産業よりも失敗しやすいからである。

典型的なスタートアップ企業は何か

アメリカで最も急速に成長した企業500社の中で、他社にない商品やサービスを提供しているのはわずか10%に過ぎない。大抵の新しいビジネスは、既存の製品やサービスと同じものを提供しているのである。

また、大抵の新しいビジネスは本当に小規模なものである。毎年立ち上がるビジネスの中で人を雇っているのは、わずか24%に過ぎない。1989年から2003年までの間に、一年間で平均57万社が従業員を雇って新たなビジネスが立ち上げられたが、従業員5人以上の会社は、わずか10%であった。

さらに、起業する場所の48%が在宅であることがわかっている。事業を拡大させることを考えているのは少数であり、五年間生き延びて経営している新たなビジネスの46%は、自宅で起業し、今もそこにとどまっている。

また、大抵の起業家は、ビジネスアイデアをいちいち探したりしていない。大抵の場合、新たなビジネスは、以前にもその業界で10年ほど働いたことがあり、そこから重要な経験を得た人たちによって開始されている。起業家動態パネル調査によると、創業者の以前の仕事は、43%の割合で、新しいビジネスアイデアの源泉となっており、全米自営業連盟のメンバーである創業者の61%が、かつての従業員時代と同一、または類似の顧客を扱い、66%は同一か、似たような製品を扱っているのである。

新たなビジネスを始めることが、プロセスであることも忘れてはならない。創業した最初の月の終わりに売り上げを上げている企業は、たったの11%であり、新たなビジネスを開始するのに必要だと考えられるステップを進んでいくためには何年も何ヶ月もかかる。実際、創業7年目で、給料や必要経費以上のキャッシュフローを三ヶ月以上にわたって確保しているビジネスは、全体の三分の一しかない

典型的な起業家は、どのくらいうまくやっているのか

どの先進国を見ても、五年間生き残る企業は、わずか半分であり、それが十年になると三分の一しか生き残らない。しかし、生存率自体が問題ではないという人もいる。破産して終了する企業は18%に過ぎず、廃業が多いことをネガティブに解釈する必要はないとのことだ。しかし、それは実態から大きく外れている。アメリカではベンチャー企業の60%が個人事業であり、ビジネスの失敗は負債を抱えることになり、大半の起業家はスタートアップの終了で不幸になるのである。

また、新たなビジネスが何年も生き延びても、ほとんどのスタートアップはそんなに儲からない。全てのオーナー企業で、毎年1万ドルの利益を上げるのはわずか三分の一に過ぎない。事実、自分でビジネスを経営している人の十年間の稼ぎは、どこかに勤めている人に比べると35%も低い。経営から二十五年になると差は縮まるが、それでも25%である。

稼ぎが少なく、勤めた人よりも変動幅の大きな収入に直面していることに加え、研究によると、自分のビジネスを経営する人の労働時間は、中央値と平均値の両方で雇われる人よりも高い。ポーランドやドイツでは、平均的な自営業者は一週間で13時間も余分に労働している。

ではなぜ、典型的な起業家は、ビジネスを始めるのか。一つの答えは、彼らが、成功の低いチャンスを全体的に過大に見積もっており、事業展望が比較的貧弱でも、ビジネスを立ち上げようとするからである。二つ目は、起業することに幸せを感じるからである。人は他人のために働くよりも自分のために働く方が幸せである。三つ目は、ごく一握りの起業家は大成功するからである。もし、彼らのビジネスが生き延びて成長した場合、大金を稼ぐチャンスがあるかだ。

成功する起業家とそうでない起業家の違いは何か

より成功するスタートアップ企業の要因は、確かにいくつか存在する。それらは以下の5つである。

1. どの産業を選ぶか
産業別の企業の生存率は、情報産業の38%から教育産業や健康産業の55%までと、17%も開きがある。また、製造業では、10年の生存率で見ると、最低(繊維・アパレル産業の27.3%)と最高(紙業・印刷業の45.2%)の開きがある。さらに、売り上げ、雇用の伸び、利益率は、どの産業かで異なる。ハイテクを用いる職種の産業ほど、成長企業になる確率は上がる。

2. 企業戦略、ターゲットとなる市場、組織の内部統制の意思決定
小規模より大規模、少額の資本金より多くの資本金、個人商店より株式会社、バートタイムよりフルタイム、ゼロからより他人のビジネスを買う、一人よりチーム、無計画よりもビジネスプランを策定する、以前の勤め先と同一の製品、顧客よりも他の会社が見逃している製品や顧客、個人より企業を対象の方が成功の確率は上がる。

3. 時間の経過
成功は時間の経過とともに容易になる。ビジネスが長く続くほどに、その業績は改善していく。

4. 正しい動機に基づく
失業や、独裁的な上司方逃れたいといった理由でビジネスを始めるのではなく、明確な目標を掲げて創業すべきである。

5. 創業を急がない
まず学校に行き、創業する前にしばらく就業経験を積み、望むらくは参入しようと思う産業で働くのだ。もし、そうすれば、成功率は大きく高まるとデータは示している。

平均的なスタートアップ企業には、どの程度価値があるのか

・雇用の数
十年後にも誰かを雇っているような会社を一社創業するためには、43人の人が起業に挑戦しなければならない。そして、スタートアップ企業は、創業してから十年間の間で、平均して9人の雇用しか創出しない。ようするに、今から十年間、9人の雇用を生み出すためには、43人が起業に挑戦しなければならない。

・雇用の質
データによれば、新企業の雇用は、既存企業の雇用よりもパートタイムに近い。また、ポール・レイノルズ教授の研究によれば、平均的な新企業の賃金は、初年度は、平均的な既存企業の賃金の72%しか支払わない。また、フリンジ・ベネフィットも少ない。健康保険の提供率を見ると、男性で3倍、女性で5倍の差がある。

政府はスタートアップ企業の数を増やすために、融資や補助金、倒産による資産喪失から起業家の保護、税の減免、規制緩和をしてきた。これらは確かに新たなビジネスを拡大させた。しかし、これらの政策のせいで、失敗しそうで経済効果に乏しく、ほとんど雇用を産まないビジネスが誕生していることを示す証拠は数多く存在する。事実、新たなビジネスが経済成長を促し、良質な雇用を創出するという、最もよく言われる主張を裏付けるデータは存在しない。創業が経済成長の原因であるという証拠も存在しない。

これらを踏まえ、私がスタートアップ企業を排除するべきだと言いたいのではない。われわれは、すべての起業家が同じように成果を出すわけではなく、平均的な既存の企業の方が生産的であるということを認識する必要があると言いたいのである。

したがって、起業家が増えるような政策と真逆のことをして、平均的な既存の企業が良質な雇用や生産性の向上を実現していくための政策を実行していかなければならない。そして、新たに起業家になろうと考える人のために、前章で述べたようなことを学ぶ教育の場を提供していくことも、並行して行わなければならない

あとがき

世間一般で思われている起業神話を覆すようなことが、様々なデータに沿って鋭く指摘された良著であったと思います。最近の起業神話には非常に懐疑的であったので、本書の内容は、まさに我が意を得たりと思いましたが、それと同時に、こうした不確実性が高まった状況の中で、一国一城を築いている経営者への尊敬の念は新たになりました。

ここからは言葉の話になるのですが、ビジネス(=business)の語源は暇がない(=busy)にあるので、マイペースな私はおそらくビジネスには向いてないだろうし、働くなら国家に雇われた公務員が良いなあと冗談っぽく考えています。笑
一方で、学校(=school)の語源はラテン語の暇(=schola )に語源があるので、そこには、暇であるから物事を考えることができるのだという意味が含まれていると考えられます。

ですから、学問とビジネスは本来真逆のものであるため、学問とビジネスを同一に考える風潮には、違和感があるなあと思っております。ビジネス・スクールという言葉はもっと矛盾していますね。笑

では。

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