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福祉世界

どうも、犬井です。

今回紹介する本は藤田菜々子先生の「福祉世界 - 福祉国家は越えられるか - 」(2017)です。本書は国家レベルの福祉を論じるとともに、国家の枠組みを超えた普遍的な福祉のあり方にも焦点をあてています。

福祉国家に関する従来の「ミュルダール対ハイエク」の構図を書き換える可能性をもつ「福祉世界」とは何なのか。以下で簡単に書き綴っていきたいと思います。

福祉国家とは何か

一般に、福祉国家の意味は大きく2種類ある。

一つは、福祉政策を行う国家という政策主体を指すという考えであり、もう一つは、福祉国家という社会システムを指すという考えである。

前者は「国家による福祉(国家福祉)」という狭い意味しか持たないが、後者は、家族や各種共同体による福祉提供、あるいは市場を通じたサービス購入のあり方などを含めた、複合的な制度構造としての意味を持つ。

本書では、福祉世界の展望を開くために、後者の意味でその語を用いる。

また、ここではさらに、「福祉国家」が国境ないし、国民国家という空間的・政治社会的な制限を強く受けていること強調するために、「資本主義と民主主義と社会的連帯の諸力が交錯した結果の産物であり、各国ごとの合意・妥協の制度的形態」と定義する。

そのため、資本主義・民主主義・社会的連帯の3つの存在が確認できないところは福祉国家とはみなさない。一方で、国家福祉による支出が低水準だとしても、広く福祉供給があり、3つの構成要素が存在するとしたら、それは福祉国家と呼び得る。(例:日本、アメリカ)

第二次世界大戦後の福祉国家

第二次世界大戦後のブレトン・ウッズ協定下において、各国政府は資本移動を制約して固定相場制と金融政策の自律性を保持し、国内経済政策や社会政策に対して大きな裁量権を持つことができた。

つまり、自由主義に基づく国際貿易体制がとられていたが、福祉国家内の経済的・社会的保護との組み合わせが可能であった。その結果、経済は成長し、福祉拡充の趨勢は1970年代初めまで堅実であった。

ところが、1970年代初めに福祉国家の発展を力強く支えてきた高度経済成長が途切れると、状況は急速に変化し始めた。

1970年代末から「新自由主義」あるいは、それに新保守主義が入り混じった「ニュー・ライト」を標榜する政権が誕生し、ハイエク的な福祉国家批判は急速に勢力を増していった

不況にはケインズ的な政策が処方されるはずだったが、スタグフレーションに対してケインジアンたちは有効な政策を説得的に示せなかった。一方、フリードマンらマネタリストたちの理論がケインズ経済学に代わって支持を拡大させていった。

こうした経済理論や経済思想の転機に伴い、政治も変容した。それはとりわけイギリスとアメリカで明確に表れた。

サッチャー、レーガン以降、「小さな政府」が基本路線となり、規制緩和、国有企業の民営化、労働組合活動の抑制、福祉削減が図られた。これにより、インフレの抑制には成功した。

また、租税負担率上昇と経済活性化を両立させるべく、租税負担の重心が富裕層から貧困層へと移された。イギリスでは、所得税の最高税率は83%から40%に引き下げられた一方で、付加価値税は8%から15%に引き上げられた。その結果、失業と倒産は増大傾向を示し、所得格差は拡大し、犯罪率は上昇した

福祉国家とグローバル化

1980年代に福祉国家は「危機」の時代を迎えたが、それは必ずしも世界全体に及んだわけではなかった。。しかし、1990年代に入ると、福祉国家を取り巻く世界的環境として、さらに新たな局面が現れた。経済のグローバル化の進行である。

現在の研究から導き出されつつある一つの結論として、「グローバル化により、福祉国家各国を取り巻く国際経済環境は変化し、相当程度の縮減圧力が加えられた。一方、それは同時に拡張圧力も与えうるものであり、必ずしも徹底的な「底辺への競争」は生じていない」とされている。

しかし、実際には、グローバル化の中では福祉国家を縮小しなければならないという言説が相当な影響力をもち、新自由主義的な対応が不可避であることが強調されてきた。したがって、現在はグローバル経済競争や「新しい社会リスク」の中で、経済・政治・社会状況のバランスが模索されている状態だと見て取れる。

現状、経済のグローバル化の進展に比べ、政治・社会のグローバル化はかなり立ち遅れており、この問題自体だけでなく、移民問題、安全保障など、すでに諸問題を発生させている。

これらの解決策として二つの方向性が考えられる。

一つは、各国が経済グローバル化から脱し、各国レベルで経済・政治・社会のバランスを取り戻すこと。もう一つは、経済グローバル化に政治・社会のグローバル化を追いつかせることである

どちらも、実現には多くの困難を抱えているが、本書では、ミュルダールの福祉世界構築の道筋を描くために、後者の可能性を検討する

福祉世界

現代における世界福祉の望ましい在り方や、成立条件について、ミュルダールの世界福祉論を基礎としたとき、次の5つの論点が考えられる。

①福祉は経済的効率性を高めるか
②低開発諸国の「発展」に「先進諸国の責任」はあるか
③ナショナリズムとコスモポリタニズムは和解できるか
④多様性の中に普遍性は追求できるか
⑤リアリズムとユーピアニズムは協働できるか

ミュルダールはこれらの問いに対し、困難を認めながらも、肯定的な考えを持っていた。

①に関してミュルダールは、福祉国家の平等主義的制度改革は、国内の格差を縮小し、人間の潜在的な生産力を完全に利用できる条件を整えることで、達成されつつ、「国民統合」が経済成長を促進すると考えている。

②に関して彼は、低開発諸国内部での福祉国家化と低開発諸国相互の経済的・政治的団結の有効性を説き、先進諸国に対しても低開発諸国相手の貿易・援助政策の変更を世界経済の発展や世界平和に向けた「責任」として求めた。

③に関して。ミュルダールは、福祉世界を構想したが、福祉国家を放棄せよと論じたわけではなかった。彼は、福祉国家は本質的に国民主義的性質を持ち、それが対外的には弊害になると考えていたが、各国内における国民統合のための穏健な国民主義には、積極的に肯定していた。

④に関して。彼は「近代化理念」が西洋中心的価値の押し付けで、「アジア的価値」に沿わないとしながらも、人間の中心的な機能的ケイパビリティでは通ずる点があることを指摘している。

最後の⑤に関して。彼は、理想の視点から現実を分析し、理想に向けて現実を改革しようとする経済学者であり、理想が持つ現実的な力を重視した。特に、彼の社会改革のアイデアは、国際的統合としての「理想」と、国内的統合と国際的分裂の「現実」の協働の可能性を探るものであった。

以上のミュルダールの思想を通して、世界福祉世界の現代的可能性をいま少し開くことができるのではないだろうか。

あとがき

本書を拝読する前までは、現代のグローバル化による問題を解決するためには、脱グローバル化が必要で、そのためにはどういった手順を踏む必要があるかを常々考えていました。

しかし、本書では、経済グローバル化に対して、政治と社会を追いつかせ、新たにグローバルレベルでの経済・政治・社会のバランスを図るという、私にとっては、真逆で新鮮な方向性を示してくれました。

これを機に、福祉世界的な未来の可能性も検討してみようと思います。

では。

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