短歌五十音「さ」 笹井宏之『ひとさらい』
今回笹井宏之を取り上げようと決め、歌集を読み返したものの、評を書くのがとても難しい、と感じた。
私は歌集評を書く時に、歌集の中で気になった歌を一度全てWordに打ち込んで、その中でタイプ別に歌をカテゴライズする作業をする。
第一歌集『ひとさらい』も、気になる歌をリストにし並べてみたが、彼の歌たちをタイプ別にカテゴライズしていく作業が進まない。
どの歌も並列に並んでいるように見えるのだ。
連作の中で歌は違和感なく並んでいるが、一首一首の独立性が高い。
彼が連作を作るときどういう手順で制作していたのかはわからないが、一首として作ったものを緻密に組み合わせていったのかもしれない。
笹井宏之の経歴にまず触れる。
笹井は1982年佐賀県生まれ。
連作「数えてゆけば会えます」で第4回歌葉新人賞を受賞した後、「未来」に入会、加藤治郎に師事した。
第一歌集「ひとさらい」を刊行後、2009年に自宅にて永眠(享年26歳)。
没後にまとめられた歌集に『てんとろり』『八月のフルート奏者』がある。
歌集の中で、特に気になった特徴や歌を挙げていく。
・()の使い方
()が巧みに使われている歌が多い。
三首ともに、主体にささやいてくる言葉であると表すために()が使われている。
主体と「声」との不思議なやりとりが滑らかに交わされる。
・擬人化
生物でないものの生命に対する想像を詠んだ歌が多い。
一首目、湿気を帯びてひんやりとした枕の描写。
そこから、「にんげんに生まれたことがあったのだろう」という下の句への飛躍に驚くが、なぜかそのような気がしてきて納得してしまう。
二首目、主体は風に名前を付けるが、その名前がどういう名前であるかは明かされない。その風は消えていき、もう二度と姿を見ることはなかった。
・平仮名への開き方
笹井の歌には平仮名が多い。
平仮名が多い事で読むときに頭の中でゆっくり朗読され、柔らかい印象を与える。
・スケートリンク
この歌を読み、服部真里子の歌集『行け広野へと』の中の
「終電ののちのホームに見上げれば月はスケートリンクの匂い」
という歌を思い出した。
「スケートリンク」が歌に入ることでシーンに透明感が生まれる。
あまり嗅いだことはないのに、どちらの歌もスケートリンクの匂いが鼻元に香ってくるような気になる。
・ファンタジックな景
「詩的」という言葉がそのまま当てはまるような世界。
このようなイメージの引き出しを、笹井が膨大に持っていたことに驚く。
最後に、印象に残っている歌をまとめる。
短歌はそもそも短詩の一つだが、これほど「詩」としての短歌を追求した人もいないのではないか。
笹井宏之が今も生きていて、短歌を作り続けていたなら、どんな歌を作っていただろうか。
失われてしまった彼の「それからの歌」を、思ってしまう。
次回予告
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