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短歌五十音(う)内山晶太『窓、その他』

たんぽぽの河原を胸にうつしとりしずかなる夜の自室をひらく

一面に河原を覆うタンポポ。
主体はその景色を、眼を通して胸に写しとり、帰宅する。
静かで、おそらく電気のついていない自分の部屋のドアを開ける。
暗くさびしい部屋に一人で入る自分のために、主体は明るく長閑な景色を持って帰って来たのだろうか。
 
内山晶太『窓、その他』を読むと、生きることの寂しさが詠われつつも、人生に明るさを見出そうとする意思を感じる。
内山は1977年生まれ。
1992年より作歌を始め、1998年に第13回短歌現代新人賞を受賞している。
第1歌集である「窓、その他」は、2012年に刊行され、同歌集は第57回現代歌人協会賞を受賞した。
歌集のタイトルに「窓」という言葉が含まれているように、この歌集には窓についての歌が多くおさめられている。
その中から、筆者の印象に残っているものを5首引く。

四階の窓のむこうに老人の気配の綿毛ひかりつつ浮く
列車より見ゆる民家の窓、他者の食卓はいたく澄みとおりたり
よみがえるこころ、車窓を信号機のうつくしく過りゆく転瞬を
閉ざしたる窓、閉ざしたるまぶたよりなみだ零れつ手品のごとく
夜、マクドナルドの窓に母子あり極彩色の日々のさなかを

1首目、主体は道路から建物の四階の窓を見上げたのだろうか。
窓の向こうに老人の姿が見えているわけではないが、少しほこりっぽいのか、綿毛が輝きながら浮かんでいる。
穏やかに老いていく、窓の中の住人の気配が感じられる。
2首目、電車の中から見えた、線路沿いの家の窓に、住人の食卓が見えた。
仕事帰りで疲弊していると思われる主体には、その食卓はことのほか美しく見えた。
3首目、電車の窓の外の風景を描いている。
車窓に見えた信号機が瞬く間に後ろに消えてゆく。
そのシーンの美しさに、心が一瞬高揚する。
4首目、瞼を窓にたとえる。
閉じた瞼から突然涙がこぼれ落ちる様子は手品のようだと言う。
5首目、賑やかな色彩に内装をされたマクドナルドの店内。
2人の母子が食事をとっている姿が浮かぶ。
母子の毎日の生活も、おそらく極彩色の、良いことも悪いことも忙しく起こる、目まぐるしい日々なのだろう。
 
この歌集の中で、「窓」とは何を意味するのかと考えてみる。

かなしめる昨日もなかば透きとおり一万枚の窓、われに見ゆ
いちにちにひとつの窓を嵌めてゆく 生をとぼしき労働として

連作「一万枚の窓」から2首を引いた。
1首目、詞書に「生誕から一万日」とある。
この「生誕」したのが、この1首の前に置かれている、

おのずから引き出されゆく追憶に原マルチイノありて寒しも

という歌に出てくる「原マルチイノ」(天正遣欧使節の一員)を指すのかそれとも連作の主体を示すのかは不明である。
だが、2首目から、主体が「一日を生きることは一枚の窓をはめてゆくようなもの」と捉えていることがわかる。
1首目では、主体には(原マルチイノもしくは主体が)これまで生きてきた1万日分の窓が見える、と言う。
窓とは、生きたその日に見た景色のことを示しているのだろうか。
人生とは、毎日1枚ずつ窓をはめてゆく作業なのだとここでは詠まれる。
歌集の中には他にも、人生−生と死、老いを詠った歌が多く現れる。

野良猫のしずかな嘔吐、生きてゆくことのしずかな循環として
わが死後の空の青さを思いつつ誰かの死後の空しか知らず
なんという日々の小ささ抱擁をあるいは生の限界として
あなたもいつか泣くのであろう少女期の日々の祭りのなかのあなたに
うつくしく、醜く老いてゆくことも光の当たる角度と思う

1首目、野良猫が道に嘔吐することを、生の循環のひとつにたとえる。
2首目、主体は自分が死んだ後の空の色を思い浮かべようとするが、自分は他者が死んだ後の空の色しか見たことがないことに気づく。
自分自身の死後の空を知ることができる人は、誰もいないのだ。
3首目、抱擁をすること、それが毎日の中の生の限界の行為だと言う。
主体はそのことを「日々の小ささ」と表向きは表現しているが、暗に抱擁の存在する人生の豊かさを示しているのではないかと読んだ。
4首目、主体は「あなた」はいつか、少女の頃の満ち足りた自分のことを思い出し泣くであろうと言う。
5首目、人が美しく老いてゆくか、醜く老いてゆくかどうかは、ただその人のどの面が浮き上がっているかどうかに過ぎない。
 
歌集の中では主に人生の中の寂しさや悲しみが描かれるが、しかし生きることに対して絶望はしていない。
繰り返す日々に疲労感を感じつつも、時折見いだす喜びや光を糧に生きてゆこうとする意思が感じられる。
タンポポの咲き広がる景色を大切に心にしまうように、淡々と送る生活に時おり現れる明るさを、ていねいに拾い上げてゆくのだ。

どうであれ陳腐を恋えりあたたかくかさねるための手がここにある

 次回予告

「短歌五十音」では、ぽっぷこーんじぇる、中森温泉、初夏みどり、桜庭紀子の4人のメンバーが週替りで、50音順に1人の歌人、1冊の歌集を紹介していきます。

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