執愛

ステージに浮かぶシルエット
箱を揺らすサウンド
ドラムとベースのリズムが体にあたる
ギターをかき鳴らす
ピックを声援の客席へ飛ばした瞬間に凍りつく
いつも居る場所にいない
君がいない

あれから３ヶ月
洗面所のすみに落ちていた片方のピアスをみつけて そこへ崩れ落ちて哭(な)いた
俺もふたりの部屋スミカも抜け殻となった
ふたりは愛し合っていると確信していたのは
自分の奢おごりだったのか
失恋を糧にメロディーやリリックが生まれたならどんなにいいだろう
君が出ていって虚うつろな俺には
まだ時間が足りなすぎる
自分の活動にばかりかまけてしまっていたのが
いけなかったのかと後悔ばかりしている

(携帯の電子音)
練習スタジオの喫煙所で煙草をふかしている処に
友人から届いたメール 彼女をみかけたと…
第三京浜で横浜へ
懐かしいあの店で働く君を見つける
君と俺が出会った場所に君は居た
待って
逃げないで お願いだから…

(彼女が仕事を終えるのを待って車の中)
突然来てごめん
元気そうでよかった
会えて嬉しいよ
(間)
目をそらさないでお願い
手 触っていいかな…
君に君に触れたい いい？
ありがとう
(手を触りながら)
痩せたね
こんな事を言ったら君を呆れさせてしまうけど
君が居なくなった理由をずっと考えていたよ
あれがいけなかったのか？
それともこれかって？
でもどれも違う気がして
どれほど考えても答えに辿り着けないんだ
君がそばに居ることに満足して
君の気持ち 存在を疎そかにしていたんだね
君が出ていってから
夢に出てくる君は泣いてばかりいたよ…
結局 俺は自分が 歌う事に夢中で
君をみていなかったのかなって…

(間)
何も答えてくれないの？
今更なのかな…
おれのダメなところ全部言ってくれ謝りたい
音楽ばかりでまっとうな俺じゃないから
君にみかぎられたのかな
デカイ夢を描いているけど
その隣には君が居るんだ
(間)
えっ 何？
あー名前を呼んでくれるの嬉しい
(夢中で抱きしめる)
君が居るだけでこんなに心躍る
好きだ 好きだよ
離してって？
やっと君をみつけたのに 嫌だ
理由を理由を聞かせて欲しいよ
お願いだから
歌に音楽に打ち込んで夢を実現してって？
してるよ
でも 音楽に夢中でいられるのは
君が居たからだよ
君が居るのが当たり前で
忘れていたわけじゃないんだ
活動に夢中で蔑がしろにしたわけでもない
そんなに俺って頼りないの信用出来ないの
逃げないでよ
(きつく抱きしめる)
痩せてしまったね俺のせいだ
違う？ 何で俺のせいでしょ
(ぽつぽつと彼女が語り始める)
君が居るから活動の邪魔になるって
違う
君が居るから頑張れるんだ
俺の邪魔になるって 何で何でそう思うの
一緒に居るべきじゃないって
意味が解らないよ
だって君が好きで一緒に居たくて
顔色悪いよどうしたの
ちょっと体調が悪いだけって何処が悪いの
ねえ ねえ聞いてる
お願い教えて
妊娠 妊娠してる？
あーああーあああああー
なんだって
泣かないで嬉しい嬉しいよ
めちゃくちゃ嬉しい
何で黙っていたの俺の迷惑になんてならないよ
こんな嬉しい事ないよ
妊娠が俺の迷惑になるって想ったんだ
だから出ていったの？
嬉しいよありがとう
今何ヶ月？ そうかー
来年の春には３人家族になるね
遅くなってごめんね
結婚してください

ツアーラストのアリーナ
どよめく人の波の中で手を振る
お揃いコーデの天使と妻が見守る
俺は心震わせながら歌いだした
(1356文字)

(キャプション)
バンド活動を続ける俺。
今ではファンも増えてライブハウスのキャパも大きくなった。まだ歌だけで食べられるほどメジャーじゃないから、バイトも続けているけどパティスリーで働く彼女も居て順調だよ。
次のステージを目指して頑張っている日々。
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