新世紀マーベラスnovel episode（49）

「……なに？」
こんなにも根づいていたのかと、自分でも信じられなかった。
たかが潜伏先の子ども一人に、機械たる自分がほだされるなどと。
だが、意識しないよう目を逸らしていただけで、本当はわかっていた。
正義のため、組織のためなどと嘯いておきながら。
一人で楽園に来たのも。
楽園に来た姉を冷たく拒絶したのも。
本当は全部。
『アイナ』
自分を求めてくれる、ただ一人の家族のためだった。
「殺さないであげるから、大人しく捕まって」
　――もう、私には無理だ。人は殺せない。
ここに来るまでに倒してきた衛兵も誰一人命を奪っていない。その時点で自分の気持ちに気づくべきだった。
たった一人の大事な姉が、泣いてしまう。
そのことを何より恐れている、この弱い心に。
「お願いだから。もう悪いことは止めて。みんなに謝って」
　――帰りたい。
乞うように言う。
本当は辛かったのだ。
ガラクタと罵られ、名も知らぬ者の血で汚れ、誰にも求められず。
アイナはもう、限界だった。
　――おうちに、帰りたいよぅ。
そんな日々の中で出会ったルミナとのひと時は暖かかった。
たとえボロボロで隙間風が吹いていても、あの家は。
姉と暮らす家は、暖かかったのだ。

「アイナ？」

　その時。
背中越しに声が聞こえた。
振り向く。
「――お姉ちゃん？」
ルミナがいた。
何度も拒絶したのに、それでも追って来たのか。
視界が歪んで見える。
頬を液体が伝う。
何が起きているのかはわからない。だが。
「お姉ちゃん……っ」
言いたいことがある。
伝えたいことがある。
ゆっくりと一歩、姉のもとへ足を踏み出して――

　――不意に後ろから破裂音がした。

思考回路が混線する。
四肢の制御が利かなくなって崩れ落ちる。
「――」
ルミナが何事か叫んで駆け寄ってくる。
ノイズがうるさくて聞こえない。
硝煙の臭いをセンサーが嗅ぎ取って、頭を撃たれたことを理解した。
　――ごめん、ね。
思考が端々から断線していく。
自分は終わるのだとわかる。
その前に伝えなければならないことがある。
――だまして、ごめんなさい。
辛うじて頭には浮かぶのに、声にはならない。
大好きな姉が泣いている。
首を振りながら、必死に何かを伝えてくる。
結局泣かせてしまっている。
本当は、ずっと前から。
――酷いこと言って、ごめんなさい。
鈍くなっていく思考の中、姉の涙がアイナの頬に落ち、先刻頬を伝ったものの正体に思い至った。
――ああ。私、泣いてたのか。
姉の涙を拭おうとしたが、腕は持ち上がらない。
それを、少し残念に思う。
だが、悪い気分ではなかった。
自然に泣くことができたのなら、機械人形の自分でも少しは姉の家族らしく振舞えたのだろうか。
――そうだと、いいなぁ……。
解けていく意識の中、思い出が蘇る。

『アイナ大丈夫だよ』
『アイナ！　大丈夫だから』
『アイナ』
『アイナ！』
『アイナっ』

　人間の子どもには辛い環境だったはずだ。
なのに、妹である自分に対していつも笑ってくれていた。
その姉が泣いている。
記憶の中のルミナを真似して、アイナは笑みを浮かべようとする。
そして、記憶を辿るように口を動かす。
　――お姉、ちゃん、――……。
小さな電子音の波に、アイナの意識はさらわれていった。