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4 息子(A太)の今までの経緯

 さて、今日から本題にうつらせて頂きます。
 今後このブログを書くにあたり、統合失調症の息子の名は「A太」と申す。無職のプー太郎である。

^_^  A太とは
 現在34才。精神障害者2級。
 幼少期は家でも学校でも手がかからない子であり、性格も良い子供であつたが、母としてはある意味怖かった。学業、友人関係も問題はなかった。しかし15才頃から怪しくなって(腹の中に人がいる、と言い出した)暴れたり暴力を私に振るったり超大変だった。高校は中退した。そして自宅からは遠い病院だったが、なんとか良い病院を探してS病院にたどり着き、19才の時に入院した。病名告知は20才の時である。最初の私の自己紹介の 1 で書いた様に妄想らしいものがはっきりキャッチ出来ず病名を受け入れられなかった。そして31才までS病院でお世話になった。何回か入退院を繰り返したが、暴力はなくなり、妄想らしきものもなくなった。先生との相性も良く通院が途絶えなかった事は感謝している。しかし高校時代の辛い思い出やその時言われた事などが頻繁に頭のなかにフラッシュバックのように浮かんで本人や私を悩ます様になって行った。
 その後都合により、比較的近いNクリニックに転院した。Nクリニックの医師も診断に少し迷ったようだが、近くのK病院と連絡を取り、再度詳しい検査をして.やはり最終的に統合失調症となった。フラッシュバックは自生思考の亜型であろう、と説明を受けた。
 この病気は、難病で100〜120人に1人発症する。また、本人が病識が無くて困る、と言われるが、A太は幸い32才位から病識が出てきた。
 現在はA太、祖母、私で暮らして、日常はとりあえず落ち着いている。訪問看護も入っている。
 私は子供たちが幼少期に離婚した。4つ上に兄がいるが、独立して仕事についている。兄は主に地方にいて移動がある仕事である。残念ながらA太の病気に関しては理解が浅く、A太とは疎遠状態。。。
 以上簡単に今迄のことをまとめて書いたが、ここまでたどり着くのは、実に苦労した。

 次回よりは、このA太との生活の悲喜交々の事を書いて行こうと思います。
 そしてA太が今後少しでも良くなるために参考になる事かあれば、沢山伺いたい所存であります。また同じ様な病気や体験を持ちながらも回復された方や生き方を見つけられた方がおられれば是非ご教授下さいませ。
 では、次回より、さらに詳細に書き進めてまいります。何卒宜しくお願いします🤲☺️



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