見出し画像

深夜3時の私にエールを

まず、私の自宅の玄関は、普通の鍵と、チェーンでドアと収納を繋いでいる鍵の2種類で塞がれていることを説明しておく。これは、私が勝手に外に出て死なないようにするためである。


今回見つけたのは、そのチェーンで繋いである方の鍵だ。もちろん普通の鍵の方は、もともと玄関のドアに付いているものだ。チェーンで繋いである鍵を開けてしまえば、外に出るのは容易である。

0時ごろ、寝室の布団に横になったら、放り出した腕に冷たいものが当たった。それが鍵であることには、すぐに気がついた。
普段は両親の手によって、私が見つけられないようなところに隠してあるものが、なぜここにあるのか。理由は分からなかったが、死ぬ時がきたんだな、と思った。


一旦その鍵を別の場所に隠して、寝室に戻る。
そして考えた。今死んだらどうなるのか。

鍵を見つけてしまったことを打ち明けて、この先いつまで続くか分からない苦しみの中を生きていくのか。
口を閉ざし、今日の夜に死んで、この苦しみを終わらせるか。


後者にしよう、と決めた。
今までにも、もう何度も似たような事件があった。その度に死ぬのが怖くなって鍵のありかを言い、死なずにここまでグズグズと生きてきてしまった。今度こそ、終わりにしたいと思った。


すると、にわかに寝室の外が騒がしくなってきた。鍵がないことに気づかれたのだ。
姉や父が、少しバタバタしながら鍵を探していた。私にも、「この辺りに鍵が落ちていなかった?」と聞かれた。もちろん私は「そんなの見なかったよ」と、嘘をついた。

そんな状態が1時間ほど続いた。

2時前、姉も父も寝床へ入った。
鍵が無いことを知っている母も、探していた父も、眠りにつくのが難しそうだった。みんなが私のことを心配してくれていた。


それでも、行けるところまでいってみようと思った。玄関を出て、階段を登って、最上階まで行く。ここまでは以前、行動に移したことがある。
今回はその次の段階だ。手すりにのぼり、柵を越えて落ちていってしまえたら。それができそうだったら、やってしまおうと思った。


でも。

でも、私が死んだら、家族が悲しむだろうな。遺言も書いたけど、みんな泣くだろうな。神奈川にいる兄は、完全にこの家と縁を切るだろうな。みんなに自殺という選択肢を与えることになるだろうな。父がおいおい泣くだろうな。姉も妹も母も、泣いてくれるんだろうな。


私の心は、死ぬメリットとデメリットの間でふわふわ揺れていた。


その均衡が崩れたのが、3時ごろ。
お手洗いに行った時だった。トイレから出ると、父が離れたところで立っていた。玄関とトイレの方向が同じだから、心配して起きてきてくれたんだろうな、と分かった。


ただそれだけ。それだけのことだったけど、私の心は、大きく「生きる」方向に傾いた。


父に、鍵を持っていることを打ち明けた。
本当は言いたくなかった。行けるところまでいって、死んでしまおうと思っていた。いつまで続くか分からない苦しみを、終わりにしたかった。
生きたい気持ちも、死にたい気持ちも、どちらも本当の私なんだ。


父は、嗚咽を漏らしながら、「言ってくれてありがとう。ごめんね。ごめんねぇ。鍵の管理をちゃんとしていたら、あなたはこんなに苦しむことはなかった。ごめんねえ。」と言った。
「もしかしたらあなたが鍵を持っているかもしれないと思って、あなたの異変に気付けるように、今晩はずっと起きてなきゃいけないと考えてた。鍵が無いと気がついてから、ずっと怖かった。」


父と一緒になって、ベソベソ泣いた。死ねなかったこと、父にこわい思いをさせたこと、いろんな思いがぐちゃぐちゃになって頭の中を埋め尽くして、ずっと泣いていた。


死んでしまおうと思ったけど、死ななかった。
そんな3時間の話。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?