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父の資格

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不器用ながら父親になろうと奮闘する医学生の銀次郎。 自由奔放な妻亜季とその連れ子、りん。家族になれる日は来るのか。連載
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父の資格 6

「銀ちゃん、大丈夫だよ。お金要らないし、ママも死んじゃったんだから。」
 電話の向こうから、りんの声が言う。
「銀ちゃんの好きにしていいよ。」
 こいつはいつの間に女になったんだろう。
「お前が帰って来ないならこの家は売ってしまうからな。
亜季と俺はもう十年も別居していたんだから当たり前だろう。
亜季の絵も勝手にさせてもらう。
それから、亜季の猫。俺は飼わないぞ。」
「銀ちゃん、ママの絵好きなの?

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父の資格 5

 高校受験の失敗に動揺する銀次郎を尻目にりんは「歌手になる。」と言って東京に出て行った。
 銀次郎が大学時代のコネを頼りに事務所や仕事を世話をしても、トラブルばかり起こした。
 16歳になるとアルバイトをすると言い出した。
―あんな馬鹿がどこで働けるものか。
 銀次郎は仕送りを増やした。
都会の恐ろしさも、男の怖さもあいつは知らない。
 りんが自分とつながる細い糸を切り、一人現実という世界を漂う姿

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父の資格 4


 中学生になっても、りんは相変わらずだ。
悪いことに亜季はりんに何か取り柄があると信じて疑わない。
 こいつの取り柄は、俺を怒らせるのが天才的に上手いってことだけじゃねぇのか、と銀次郎は思う。
 りんのせいで己がこれまでに培って来た哲学も精神論もどれだけ脆いものかと思い知らされる。
ほんの一時、俺にほんの一時でいいから心の平安をくれ。
 家に帰ると未だに幼児みたいに猫を相手に遊んでいる。ひどい

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父の資格 3

 帰宅して車を降り玄関に向かうと、猫を家に入れる為に玄関のドアを支えていた亜季が閉めようとした。
 足を突っ込むと亜季はばつが悪そうに笑う。
 こういう時は責めない方がいい。どうせ晩飯を作るのを忘れて絵を描いていたのだろう。
「外に飯食いに行く?」銀次郎が言うと、亜季は笑い顔になった。
「銀ちゃん何食べたい?りん、りん、ご飯食べに行こう!」
 亜季が家に入ると、腹を空かせたりんが入れ替わりに走り

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父の資格 2

はじかれた手を所在なさそうに持て余すと、
りんは床に落ちた肉を拾って銀次郎の皿に戻し、
また二人の中間に座った。
 「俺は食わねぇからな。」
銀次郎が言うと亜季は
 「なんなの、大人げないわね。」と言う。
 「りんが食べるの手伝ってあげる。」りんが銀次郎に言う。
りんの食べ残しを、いつも銀次郎が「手伝って」食べてやるのだ。
 「いいわよ、ママが食べるから。」
 「いいじゃねぇか、ばっちり柔らかくな

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父の資格 1

「お前が馬鹿だからまともに学校にも通えない馬鹿ガキに育つんだ」
 銀次郎は持っていた箸の一本を絶妙なコントロールで投げた。
箸は亜季の顔の横を高速で飛んで、襖に当たって落ちた。
亜季の背後にいたりんがそっとそれを拾う。
 りんの入学祝に買ったランドセルが、ほとんど使われることなく半年が過ぎようとしていた。
 「お絵かきだか何だか知らねえけど、だからお前や、お前のご実家連中みてえなお偉い文化人様はど

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