古本屋になりたい:14 ユースチス・スクラブという男の子
寝る前にふと、「ナルニア国ものがたり」の登場人物で人気投票をしたらどんな顔ぶれになるだろうかと考え始めたら、眠れなくなってしまった。
1位は、もちろんアスラン。異議なし!
2位、偉大なるネズミ、リーピチープ。
3位は…、ルーシィかな。エドマンドも好きだな。
ビーバーさん、タムナスさん。白い魔女。
カスピアン、トランプキン、いやコルネリウス博士?
…ユースチスはどうだろう?あの、憎たらしいユースチス・スクラブ。
*
フルネームは、ユースチス・クラレンス・スクラブ。
「ナルニア国ものがたり」の3作目、「朝びらき丸 東の海へ」で初めて登場する。ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシィのペベンシー家の4きょうだいのいとこだ。
進歩的な両親のもとに育ち(禁酒禁煙、特別な下着をつけ、家具をほとんど備え付けず、布団を少ししかかけず、いつも窓を開け放しておく…)、標本の虫は好きだけど生きている虫は嫌い、本は好きだけど知識の本や参考書に限る、ペベンシー家の4きょうだいが嫌いだけれど、いじめたいから遊びに来るのを楽しみにしている…。いつも正しいピーターのことは苦手だ。すこし、初めの頃のエドマンドに似ている。
ハリー・ポッターでもそうだが、海外の児童文学の嫌なやつは、見事に徹底的に嫌なやつだ。あまりにも嫌なやつだから、絶対に痛い目に遭うに違いないと、出てきた途端にわかってしまう。
ユースチスも御多分に洩れず、痛い目に合いそうなタイプの嫌なやつだ。
夏休み、本当は来たくなかったけれど仕方なしにいとこの家にやって来たルーシィとエドマンドが、こっそり懐かしいナルニアの話をしているのを、ユースチスはからかう。
ユースチスは想像力がないので、ナルニアのような不思議な国の実在どころか、いとこたちが頭の中でそんな空想を組み立てられることも信じられない。ごっこ遊びのでっち上げだと思っているのだ。
これまでになく不思議な方法でナルニアにやって来たルーシィとエドマンドとユースチスは、前作で4きょうだいと仲良くなったカスピアンに再会し、冒険に参加することになる。
朝びらき丸という素敵な名前の船で、ナルニアの外海を航海するのだが、船という閉ざされた空間で、ユースチスはナルニアでは役に立たない知識をひけらかしたり、ワガママを言ったり、泣き言を言ったりして、みんなをげんなりさせる。
そしてとうとう、上陸した島で勝手な行動を取り、自業自得の酷い目に遭う。
*
ユースチスは、最後までずっと嫌なやつ、悪い子というわけでもない。旅をしているうちに、ちょっとマシなやつになる。しかし、生まれ持った性分というか、余計なことを言うのはやめられない。魔法の国ナルニアにどっぷり浸りきれない、イギリス人としての理性が顔を出す。
ある島で、かつては天の星だったという老人に出会い、穏やかに会話を交わす中で、ユースチスは彼らしい一言を発してしまう。いとこのルーシィとエドマンドは、驚いたり感心したりしているだけなのに。
とはいえ、物語の初めの頃の嫌味な様子はない。本文に、ユースチスを非難するような描写もない。
すでに読者もユースチスにそれなりの愛着を覚えている頃だし、あぁまたユースチス!と頭を抱えたりはしない。
その代わり、きっと、ユースチスが自分自身のように思えてくるのではないだろうか。
自分の知っている情報を、ちょっと挟んでみたくなる誘惑。人をハッとさせるつもりが、たんに水を差すだけになりかねない、寝る前に布団の中で思い出して、言わなければ良かったかなと後悔するような一言。
けれど、ここでユースチスが余計かもしれない言葉を発することで、星の老人は、物事の本質とは何かという、とても大切なことを教えてくれる。
「それは星の正体ではなく、成分にすぎない」
頭の中で唱えると、すっと心が落ち着く気がする。無理に分かってもらえなくてもいいじゃない、という気になってくる。
自分のことでなくても良い。センセーショナルなニュースやゴシップに心乱される時も、有効だ。
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あなたが読んでいるのは夢みたいな本ばっかりだ、と言われたことがある。
ふわふわしたファンタジーや、嘘みたいなミステリーばかり読んでいると思われたようだ。
ノンフィクションも読むけどね、とか、あなたのように自己啓発本とかは読まないね確かに、と反論するほどのことでもない。
だから、あはは、そうかなあ、と笑っておいた。
聖書を思い浮かべれば分かるように、物語は人生訓と名言の宝庫だ。
御伽話もそうだ。
物語は全て、例え話。
物語の形をとることで、大切なことを摂取しやすくなっている。ペンギンのお母さんが子ペンギンに咀嚼した魚を与えるようなものだ。
何もわざわざ指針を探して本を読むわけではないが、何かの例え話というものが、いにしえから人々の人生にさまざまな影響を与えて来たことは間違い無いだろう。
箇条書きの、リスト化された、太字の、厳選された、即効性のある使える言葉にも、元となった「お話」があるはずだ。
故事成語だって、やはり元ネタとともに覚えて初めて使い手がある。
応用が利くには、ひとつ物語を知っておく必要があるのだ。
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「朝びらき丸 東の海へ」でちょっとマシなやつになったユースチスは、次作「銀のいす」で再びナルニアに行くことになる。昔の自分にどこか似ている、ジルという同級生の女の子と一緒だ。
厭世的なジルの気持ちが、ユースチスにはよく分かる。
ジルの方も、夏休み前とは何かが変わったユースチスに気づいていて、ユースチスはこっそりその秘密を教えるのだ。
このコソコソしたシーンは、「朝びらき丸 東の海へ」の冒頭で、ルーシィとエドマンドがこっそりナルニアの話をしていたシーンを思い起こさせる。
いまいち明るくないユースチスとジルが、これまたパッとしない道連れ(泥足にがえもん)とナルニアの荒野を彷徨う「銀のいす」は、私が一番好きなナルニアのお話だ。
人気投票をしたら何位になるか分からないけれど、個人的にはユースチスが一番面白いやつだなあ、と思う。
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