忘れられない恋物語 スウェーデンの女子大生と北欧のヴェニス ストックホルム

これは恋物語とは呼べない、でも僕にとっては
恋物語のようないい思い出だ。

1990年、僕は勤めていた会社で2回目の欧州出張に出かけた。
この当時、アジアの国から欧州に来ているのは日本人が殆どだった。
何処に行っても珍しがられ、親切にしてもらえた。
所謂、旧き良き時代だったのかもしれない。

木曜日と金曜日にスウェーデンのストックホルムで仕事をし、翌日の土曜日の夕方5時のフライトで。
次の目的地シュツットガルトに向かう予定だった。
木曜日の夜は代理店の人がディナーをご馳走してくれた。金曜日の夜は1人で夕食を食べることになった。僕は夕食を食べに自分が滞在しているホテルのレストランに行った。
ヨーロッパのメニューは日本のメニューと違って、写真が載っていない。料理の名前と料理の説明文が載っているだけだ。
大抵の場合、現地の人たちと一緒に食事をするから
その人たちが料理の説明をしてくれるからいいのだが、1人の場合は、どんな料理か全然分からないので僕はお店の人にお勧めの料理を教えてもらって食べていた。
その時テーブルにメニューを持って来たのは、若い女の人で、僕はアルバイトの女の子だと思った。

「すみませんが、お勧めの料理を教えてください。」
「アヒルのソテーが美味しいよ。」
「何処から来たの?」
「日本から来ました。」
「日本!私、日本人を見たの初めて。」

僕はアヒルのソテーをお願いした。
ヨーロッパは南へ行くほど身長が低くなり、北へ行くほど身長が高くなる。
北欧の人たちは男はみんな180cm以上あり、
女の人たちも175cm以上ある。
北欧からロシアにかけては、金色の髪で青い瞳の人が多い。その女の人も金色の髪に青い瞳だった。

ヨーロッパのレストランには日本のようにレジがあってお金を払う所がない。会計をお願いすると、
お店の人がお客様の所までお金を取りに来るシステムになっている。
僕はクレジットカードでお金を払いサインすると、

「これ、日本語? 面白い。」

と言ってその女の人は、僕が漢字で書いた名前を
珍しそうにずっと見ていた。

部屋に戻る前にカフェに入って、リンゴのホットドリンクを飲みながら、ストックホルムの美しい夜景を見ていた。部屋でテレビを見てもスウェーデン語で全然分からないので、眠くなるまでカフェで温かい飲み物を飲むことにしたからだった。
リンゴのホットドリンクをもう1杯頼み、寛いでいると、
「隣に座ってもいい?」
という声が聞こえた。レストランの女の人だった。

「はい、どうぞ。」
「ありがとう。私はアイナ。」
「僕はユウキと呼んでいいよ。」

アイナは僕と同じリンゴのホットドリンクを頼んだ

「私はストックホルム大学の学生で二十歳、このホテルのレストランでバイトしている。バイトが終わって帰ろうとしたら、ユウキを見つけたの。」

アイナはバッグからノートを取り出した。
そしてノートを開きボールペンも取り出した。

「ねえ、LOVEの日本語でここに書いて。」

僕はアイナのノートに愛と書いた。
アイナは、これがLOVE、と囁いて少しの間見つめていた。
僕はその後、アイナが書いて欲しいと言った日本語を、MOONは月、STARは星、DREAMは夢、というように次々と書いていった。
アイナがこの字が特に素敵と言ったのは、愛と湖と
珈琲だった、

「ねえ、私の名前、日本語で書ける?」
「今僕が書いているのは漢字という日本語なんだけれど、カタカナという簡単な日本語なら書けるよ。」
「ノートに書いて。」

僕は何回かヨーロッパの人にカタカナを教えてあげたことがあるが、ヨーロッパの人は、アとマを間違えやすい、クとワを間違えやすい、ツとシの区別がつかない、そして、ソとンの区別がつかない。
アイナの名前は、アイナ・ユアナラソンだった。

「どうして最後に同じ字がふたつ続くの?」
「こっちがソで、こっちがン。」
「どこが違うの?」
「ソは上から書いて、ンは下から書く。」
「書き方で読み方が違うのね。面白い。」

カタカナは日本人にとっては簡単な文字だが、ヨーロッパの人にとっては初めて見る記号のようなもの
アイナは15分ほど練習して書けるようになった。

「私、自分の名前を日本語で書けるようになったわありがとう。ねえ、いつ帰るの?」
「明日の午後5時のフライトでシュツットガルトに行く。」
「それまでどうしてるの?」
「ストックホルムの街を観光しようと思ってる。」
「日本語を教えてくれたお礼に私がストックホルムの街を案内してあげる。朝9時にホテルのロビーで待っていてね。」  

翌日、僕はアイナにストックホルムの街を案内してもらった。

「ストックホルムって水辺の美しい街だね。」
「ありがとう。ストックホルムは北欧のヴェニスと呼ばれているの。見えて来たわ。あれがストックホルムの市庁舎、ノーベル賞の晩餐会が開かれるところよ。」 

茶色の威厳ある建物だった。形的には早稲田大学の
大隈講堂に似ていると思った。
アイナがどうしても見せてあげたいと言って連れて行ってくれたのが、マーラーレン湖の中のロヴォン島にあるドロットニングホルム宮殿だった。僕たちはフェリーで行った。
この宮殿は圧巻だった。素晴らしいの一言だった。
「ドロットニングホルム宮殿は北欧のヴェルサイユと呼ばれているのよ。」

ランチは何が食べたい?と聞かれたので、スウェーデン名物のミートボールと答えると、美味しいお店があると言って連れて行ってくれた。
美味しいミートボールだった。
レストランを出て歩き始めた。

「ユウキは甘い物が好きと言ったわよね。お菓子を買って食べましょ?スウェーデンでは毎週土曜日はお菓子の日なの。」
「お菓子の日?」
「スウェーデンでは1週間に1回、土曜日にしかお菓子を食べてはいけないの。隠れて食べてる人もいると思うけどね。」

アイナは、そう言って少し笑いお菓子のお店に入った。僕も機内で食べていこうとお菓子を買った。
お店から出て来ると、

「ユウキに食べてもらいたいお菓子があって買ったのよ。フィンランド生まれのサルミアッキというお菓子、北欧の人たちは大好きなの、食べてみて。」

ビニール袋には黒いお菓子が何個も入っていた。
ひとつ取り出すと黒いゴムのようだった。  
食べてみると甘くなかった塩味がした、ところが食べている内に口の中がアンモニア臭でいっぱいになった。何だこれは?と思った。
アイナは大笑いしていた。

「それは世界一不味いお菓子と言われている、
サルミアッキというリコリスという薬草で作ったお菓子なの。」
「こんな不味いお菓子が北欧の人は好きなの?」
「最初は不味いんだけど、食べている内に味に慣れて来て、最後はやみつきになるの。ユウキも好きになって。」
「分かった。挑戦してみるよ。」

アイナさんは空港まで僕を送ってくれた。 
空港にあるカフェでふたりで珈琲を飲んだ。

「私は金色の髪だから黒い髪が美しく見える。
私は青い瞳だから黒い瞳が神秘的に見える。私のこと忘れらないでね。」
「ありがとう。アイナのこと忘れないよ。」
 
僕はバッグから日本から持って来た女性用のお土産を出してアイナに渡した。

「開けてもいい?」
「いいよ。」
「これ、日本の櫛?」
「日本の飾り櫛だよ。」
「綺麗、嬉しい、ありがとう。」

僕はアイナにお礼を言い、飛行機に乗った。
窓の外に見えるストックホルムの街を見ながら、
いい思い出が出来たと思った。
この出張が終わる頃、僕はサルミアッキがやみつきになっていた。
オランダのスキポール空港の売店にも売っていたので、僕は3袋も買った。






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