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イメチェンと本当の自分。

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誰もが見たことあると思う。

犬が喋ったり、タイムスクープしたり、
「お前には世界を救う力がある」と言われたり、

主人公たちは苦労しながらも、目の前の壁と向き合い成長し、さらに豊かな日々を得るのだ。

私もその手の物語はごまんと知っている。

でも、これは。

聞いていた話と違う。

物語は物語だから面白いのだ。

鏡を見せられて「はーい、イメチェンですよー」って、男になっていても、何も面白くない。

チョットマッテ、イミガワカラナイ。

少し、整理をしようと思う。


今日はバイトの面接。予定よりも早く着いてしまいそうだった私は、通り道でふと見かけた理髪店で伸びていた前髪を切ることにした。

鬱蒼(うっそう)とした蔦(つた)に覆われた理髪店は、明らかに怪しかった。

〖前髪カット500円   イメチェンで人生を変えよう〗

なんだか、その文字に惹かれてしまったのだ。

バイトの面接で落ちる人なんてそういない。

ただ、私はそういった社会の常識が逆にプレッシャーになり、面接で一言も話せなくなってしまうのだ。

今回だって、なんてことのない全国チェーンのカフェのバイトだ。

人から見たら何を緊張するのかと思われるこの面接のせいで、私は昨日から眠れなかった。

だから、イメチェンで人生を変えたかったのだ。
それなのに。

カットされるうちに催眠にかかったように眠ってしまい、肩を叩かれ目を覚ましたときには男になっていたのだ。

そう、男に。

元々そんなに豊かではない胸はすっかり平らになり、髪の毛はショートとでも言うのだろうか(男の髪型の名前は知らない)に変わっていた。

そんな、どこにでもいるなんてことない青年が鏡に写っている。

「あの、これは」

そう尋ねた自分の声が低く響く。

うえっ。

「イメチェン、500円ね」

理髪店のひげのおじいさんがなんでもないことのように返答するので、私は反射的に500円を渡した。

受け取ったおじいさんは「面接、行ってらっしゃい」と、にこりと笑った。

面接どころじゃない。

男になっているのだ。

いつの間にやら着替えていたメンズの服にも、街を歩く自分の高い視線にも違和感しかない。

ただ、私には、面接に行かない勇気もないのだ、
情けないことに。

ガラスの扉を開けると、軽快な音楽が鳴り女性の
店員さんが現れた。

「何名様ですか?」

「あ、あの、バイトの面接で、えと、本当は女………」

しどろもどろになった私を置いて、彼女は店長を
呼びに行った。

名前や性別、書いてきた履歴書。

それらは今、男になっている自分とは一致して見えないだろう。

面接で何と言えばいいのか、というか、私は一生このままなのか。

やっと気持ちが落ち着いてきたのか、そんなことを考えられるようになってきた。

「あ、バイトの面接の方ですか? 私がこの店の店長の篠原です。こちらにどうぞ」

店長に連れられて事務室へと向かう。よく分からないドキドキが止まらない。もちろん、マイナスの意味で。

「えーっと。山口すみれさんですね。早速ですが、どうしてウチでバイトしたいんですか?」

男ですみれ。
店長は、違和感を覚えないのだろうか。

「それは………」

「山口さん?」

「あ、あの、私は本当はこんな感じじゃないんです!」

「はい?」

「いや、だから、店長の前にいる私は本当の姿ではないというか…だから、いつになるかは分からないけれど、本当の自分の姿を店長に見ていただきたいんです……」

「……つまり、あなたは、ここでバイトをすることで自分を成長させたいということですね?」

「へ?」

「いいと思います。たかがバイトと思われがちですが、学べることは沢山ありますから。ここで、
早く本当の自分を見つけてください」


採用。


なんと採用。


帰路につく足取りは軽やかだ。
心臓がドキドキしていた。
あ、今度はプラスの意味で。

男が1人でスキップしながら、鼻歌を歌う姿を見て、通り過ぎたおばさんがクスリと笑っていた。

蔦(つた)の理髪店の前にたどり着く。
女に戻してもらえるだろうか、あ、まずは感謝を
伝えないと。

そう思案していると、ぎいと扉が開き、ひげのおじいさんが出てきた。

「あの、」

「採用、おめでとう」

「え?」

「頑張るんだよ」

そういって私の肩を「ポンッ」と叩くと、おじいさんは店に入って行った。

お礼は言えなかった、言うすきがなかった。
でもきっと、あのおじいさんは分かってくれている気がする。

再びスキップで家へと向かう。

軽やかに跳ねるスカートとポニーテール。

鼻歌まじりの女を見て、バス停のおばあちゃんが眩しそうに目を細める。

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