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小説:狐007「ヒトエさんとタロウさん」(830文字)

「ナスは闇でしょ」
 ひときわ大きな声が響いた。その声の主はタロウさんだ。
「いや、どう考えても光属性じゃない?」
 そう応じるのは、ヒトエさん。
「またお前らか。ったく仲がいいねえ」
 とスミさん。

 タロウさんは日本最高ランクの大学を目指す浪人生だ。『多浪』中らしいので、みんなからタロウさんと呼ばれる。ただ『狐』にちょくちょく来ているところを見ると、合格には程遠いのではないかと思われる。本人も実は本気ではないのかもしれない。
 ライターの仕事をしていて何とかそれで暮らせているのだとか。どこにでも売っていそうな黒縁メガネをかけている。

 ヒトエさんは宇宙物理学者でタロウさんと同期。確か、ダークマターだかダークエネルギーだかを研究している。相当の才媛だろうが、どこか抜けている。その紙『一重』なところからここではヒトエさんと呼ばれる。ちなみに目元も切れ長の一重である。化粧っ気はない。

「そうかなあ? オレの中ではどうしてもナスは闇の存在だなあ」
 タロウさんは腕を組む。
「じゃあナスは一旦保留ね。じゃあ次、ニンジン。これは光で決まりかな?」
 ヒトエさんが仕切る。
「ニンジンは…… ああ、光だと思う」
 何をやっているのだろう、という周囲が抱える疑問を代弁したのはスミさんだった。
「ナスもニンジンも美味えよなあ。それでいいだろ? お前ら何がしてえんだ?」
 すかさず、ヒトエさんが応じて、
「野菜の属性を検討しています。主には光か闇に」
 そう笑わずに答えた。
「じゃああれか。タマネギにもその属性ってのがあるのか? タマネギはあれだな、涙属性だな!」
「決めつけないでください。それと勝手に新たな属性作らないで下さいよ」

 ではダイコンは? レタスは? ズッキーニは? とつい私も頭の中で考えを巡らす。この手の、暮らしの上では必要ではない案件に思いを馳せるのが好きだ。そして、ここにはそんな連中が集まってくる。
 ビールは既に空になっていた。
 その日の『狐』もおおよそそんな調子だった。

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