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小説:剣と弓と本004「ナスノとライ」(924文字)

「ありがとう」
「助かったぜ」
「あなたが私たちを救った」
 と店内の者から感謝される。
 俺は反射的に行動に出ただけで彼らを救おうとしたわけではない。むしろ自分が生き残るために当たり前のことをしたまでだ。それに俺が出ずとも他の誰かが始末していたのかもしれないし、そもそも冒険者なら自分の身は自分で守るのが前提だろう。
 ただ、残念ながら一人犠牲者が出たのは事実だ。きっと彼も何らかの目的があってこのミッションに参加したのだろう。その思惑がここで散った。

 さて、今の戦闘を顧みる。主に2つある。

1.ワニ頭の右手に矢を放った者がいる。
2.背中に感じた熱さは何だったのか。

 俺に手を貸してくれた奴がいたのなら「ありがとう」と言いたい。

 大きな歩幅でゆっくりと近づいてくるのは、先ほどのスプモーニを飲む長髪の男だった。
「相手の特徴も見極めずによく向かっていけますね。その気概はあなたの美しさですか」
 そう言って、ワニ頭の右腕に刺さった矢を抜き、ボロ布で血や体液を綺麗に拭き取った。
「使い捨てじゃない矢っていうのもあるんですよ」
 少し口が笑っている。あえての作り笑いなのか、自然な表情なのか計り知れない。
 風変わりな奴だ。しかし、こいつの矢で助かったともとれる。
「礼を言う。ありがとな」
「どういたしまして。
 人に感謝の意を伝える。それは私の中の美しさの絵画でもあります。ここに美しさの共作が成り立ちました」
 30年以上生きてきたが出くわしたことのないタイプだな。身なりは小綺麗だが、シンプルに中身が変だ。掴みどころがないというか、浮世離れしているというか。彼は話を続ける。
「私はナスノ。ナスノ・イ・ノスナ。旅人です」
「おぅ、セド・マァンだ。セドでいい」
 
 カウンターにいた本の少年がトコトコとやってきて、
「おや、回文ですね」
 と言い放った。
「回文って何だ?」
 俺はそのまま尋ねた。
「ナスノさんのお名前、反対から読んでもナスノ・イ・ノスナじゃないですか。あ、みなさんはじめまして。僕の名前は、ライベン・デニスメルパです。よくライって呼ばれます」
 ナスノがすかさずそのライという少年に何かを耳打ちしていた。気にならないこともないが、首を突っ込まないことにした。
(つづく)

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