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【新刊エッセイ】結城充考|首斬りの妻


首斬りの妻

結城充考

山田浅右衛門やまだあさえもん〟という特異な存在を知った時、ともに興味を覚えたのは、その妻のことだった。

 山田浅右衛門家は代々将軍の御様御用おためしごよう刀槍とうそうの試し斬り)を務め、やがて罪人の斬首も兼任することになり、いつしか畏怖と幾らかの侮蔑を込めて世間から〝首斬り浅右衛門〟と呼ばれた一族だ。

 山田家では試し斬りと斬首の他に、人の肝で丸薬を作り、売ることを家業としていた。肝とはこの場合、胆嚢のことで、肺病や腹痛などに効能があったという。怪しげな民間療法だが、まむしや熊の胆嚢は今でも漢方として用いられるし、あるいは迷信以上の効果があったのかもしれない。山田家では肝を取るため、遺体を蔵に保管していた。

 読み物には、「ある者が試し斬り用に山田家へ人の胴を買いにいったところ浅右衛門は留守で、代わりに女房が蔵に入り、平然と滑車で死体を引き上げてみせた」という逸話が書かれていた。何代目の浅右衛門夫人のことかも明らかでない都市伝説じみた話で、あるいは単なるフィクションかもしれない。が、少なくとも山田家の妻なら、丸薬作りは手伝ったはずだ。そういった証言も残されている。

 逸話を読むとともに、『首斬りの妻』という題名が思い浮かんだ。資料を読むうちに―妻について割かれた箇所は多くないものの―勝ち気で、そして心から夫を愛する女性の姿が浮かび上がってきた。

 凄惨な印象さえある家業とその夫婦の物語を陰湿で包まず、娯楽の内に引き寄せようと四苦八苦した結果が今回上梓した拙作となる。初めて時代小説を書いたこともあって簡単ではなかったが、振り返ってみれば、霧のように姿の不確定な首斬りの妻・渡部里久わたなべりくを想像し、作り上げてゆく過程は楽しいものであったように思う。

 ご一読頂ければ、幸いです。

《小説宝石 2024年1月号 掲載》


『首斬りの妻』あらすじ

時は天明、戦なき泰平の世。篠山藩右筆の娘・リクは退屈な藩邸暮らしを嫌い、自分らしさを探し求め、剣術の稽古に明け暮れていた。そんなリクに舞い込む縁談話、相手は山田家の養子となったばかりの三輪源五郎だった。当時、罪人の斬首を担当する山田浅右衛門は首斬りの一族として忌み畏れられていた。ゆえに父や藩は反対し、すぐに断ろうとするが、源五郎の剣技を目にしたリクは、その深い度量に惹かれていく。

著者プロフィール

結城充考 ゆうき・みつたか
1970年、香川県生まれ。2008年、『プラ・バロック』で第12回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。同作に始まる〈クロハ〉シリーズなど、警察小説で注目を集める。2022年、『焔ノ地 天正伊賀之乱』で初の歴史小説に挑戦。

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