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【連載】ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門|稲田豊史

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【ミステリー専門誌「ジャーロ」で連載中!】 気鋭の映画ライター・稲田豊史さんによる、ドキュメンタリーの観方指南。 ーー皆様はドキュメンタリーと聞いて何を想像するでしょうか。 「行…
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#ドキュメンタリー

『世界サブカルチャー史 欲望の系譜』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第11回・最終回】

▼前回記事はこちら 文=稲田豊史  NHKドキュメンタリーの構成ものと言えば、30年近くの歴史を誇る『映像の世紀』という圧倒的名シリーズがよく知られているが、2022年、突如それに並ぶ秀逸なシリーズが誕生した。本作『世界サブカルチャー史 欲望の系譜』は、戦後の各時代を象徴するエンタメコンテンツや大衆ムーブメントを多数挙げながら、「なぜ、その作品が作られたのか」「なぜ、そのようなムーブメントが起こったのか」を、当時の社会情勢や時代の気分と紐付けて明らかにしていく。  アメ

『映像の世紀』――構成と史観のダイナミズム|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門【第11回・最終回】

▼前回はこちら 文=稲田豊史 「構成もの」の最高峰  ドキュメンタリーには「構成もの」と呼ばれるジャンルがある。『なぜ君は総理大臣になれないのか』などで知られるドキュメンタリー監督の大島新によれば、「過去にあった出来事について、アーカイブ映像や活字資料をふんだんに使い、関係者の証言インタビューなどを折りまぜながら表現するドキュメンタリー」(*1)のことだ。  そんな構成ものの国内最高峰と呼んでも過言ではないTVドキュメンタリーが、NHK『映像の世紀』シリーズだ。同作は

『映像の世紀バタフライエフェクト』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第10回】

▼前回記事はこちら 文=稲田豊史  ドキュメンタリーには「構成もの」というジャンルがある。「過去にあった出来事について、アーカイブ映像や活字資料をふんだんに使い、関係者の証言インタビューなどを折りまぜながら表現するドキュメンタリー」(*)のことだ。その「構成もの」の国内最高峰と言っても過言ではないのが、20世紀の近現代史をすべて〝現存する当時の映像だけ〟で綴ったNHK「映像の世紀」シリーズである。 「映像の世紀」には大きく3つのシリーズがある。第1シリーズは1995年か

ストーリーテリングの魅力と魔力~『主戦場』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門【第10回】

▼前回はこちら 文=稲田豊史 起承転結、序破急、三幕構成  引き込まれるドキュメンタリーは、例外なくストーリーテリングに長けている。  ストーリーテリング(storytelling)とは直訳すれば「物語ること」だが、ドキュメンタリーに当てはめるなら、物語のような展開で観客を引き込む技術のこと。言ってみれば「物語化」である。  たとえば、本連載の第4回で取り上げた『ザ・コーヴ』(09)。和歌山県の太地町で行われているイルカ追い込み漁を批判的に描いたドキュメンタリーだが

『食人族 4Kリマスター無修正完全版』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第9回】

▼前回記事はこちら 文=稲田豊史   1980年代後半、ビデオレンタルショップに通い詰めていた世代にとっては忘れがたいカルトホラー映画が、4Kリマスター、しかも無修正完全版として劇場公開された。  若い男女4人のアメリカ人ドキュメンタリー撮影隊が未開の南米アマゾン奥地に向かうが、消息を絶つ。モンロー教授たちが捜索隊として現地に赴くと、原住民の集落で4人の白骨死体と撮影済みの缶入りフィルムを発見。帰国後、フィルムを現像・映写してみると、そこには恐ろしい光景が記録されていた

『山田孝之の東京都北区赤羽』『山田孝之のカンヌ映画祭』『映画 山田孝之3D』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門【第9回】

▼前回はこちら 文=稲田豊史 『山田孝之の東京都北区赤羽』  2015年1月、テレビ東京系の深夜帯で突如始まった『山田孝之の東京都北区赤羽』(監督:松江哲明、山下敦弘/30分×12話)という番組に、筆者を含む多くの視聴者は当初たいそう困惑した。  第1話冒頭は、『天然コケッコー』『苦役列車』などで知られる山下敦弘監督の新作映画『己斬り』という時代劇の撮影現場。ラストシーンで自死する主役にして侍役の山田孝之の芝居が止まってしまう。「(作り物の刀では)死ねないっすね」「僕

『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第7回】

文=稲田豊史   2022年12月27日から30分×三夜連続で深夜に放送された『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』(BSテレ東)が、放送直後からネットを中心に大きく話題となった。内容は、「テレビ東京局内にはもうデータとして残っていない過去の番組を、視聴者から送ってもらった録画VHSを使って放送する」というもの。進行役は、いとうせいこう、モデル・女優の井桁弘恵、テレビ東京アナウンサーの水原恵理だ。  三夜にわたって放送されるのは、1980年代にテレビ東京の

ドキュメンタリーとして観る『水曜日のダウンタウン』(後編)|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門【第7回】

文=稲田豊史 「仕込み」のメタ批評  今回は、TBS系で放映中のバラエティ番組「『水曜日のダウンタウン(水ダウ)』の本質は、ほぼドキュメンタリーである」という話の後編である。 ※前編はこちらから  前号掲載の前編では、『水ダウ』がいかに関与型ドキュメンタリーの要件を満たしているか、見慣れた事象に新たな視点を設定しているか、自ら身を置くTV業界に対する自己批判を行っているかなどを、具体的な企画内容を挙げながら論じた。そこで明らかになったのは、ある種の「作り込んだお笑い」

『セールスマン』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第6回】

文=稲田豊史 「ダイレクトシネマ・ムーブメントの中核をなす古典的名作」と説明される1本だ。  ダイレクトシネマとは1960年代、撮影・録音機材の発達と小型化に伴い、映像と音をシンクロさせる同時録音が屋外でも可能になったことで生まれたドキュメンタリーの形式。発祥は北米で、「被写体に演出指示をせず、そのまま撮る」「ナレーションやBGMやテロップは入れない」ことを特徴とする。本作の監督のひとりであるデヴィッド・メイズルスはダイレクトシネマの原則について、「その瞬間に起きているこ

ドキュメンタリーとして観る『水曜日のダウンタウン』(前編)|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門【第6回】

文=稲田豊史 関与型ドキュメンタリーとしての『水ダウ』 『水曜日のダウンタウン(水ダウ)』というダウンタウンの冠番組をご存知だろうか。2014年4月からTBS系で放送中のバラエティ番組で、その基本フォーマットは、芸人を中心とした芸能人に仕掛けるハードめで凝ったドッキリ。ゆえにバラエティ番組の中でも、かなり〝作り込んだお笑い〟に寄った構造を特徴とする。  番組ホームページに書かれている内容はこうだ。  ただし「〝説〟の検証」は形式的なフォーマットにすぎず、その実はなんで

「裸のムラ」|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作 #05〉

文=稲田豊史 「父」の強い意向のせいで「子」が翻弄され、ときに傷つく。今回の本文で言及した『新世紀エヴァンゲリオン』の父(碇ゲンドウ)と子(主人公:碇シンジ)の関係がそれだった。いわばその構図を石川県という〝ムラ〟に見出したのが、『裸のムラ』だ。 本作には3組の「父」と「子」が登場する。撮影当時、現職知事で全国最長の7期目を務めていた谷本正憲知事(父)と県職員たち(子)。インドネシア出身の妻との結婚を機にイスラム教徒となった松井誠志(父)とその次女(子)。車中で生活するバ

【連載 #05】『さようなら全てのエヴァンゲリオン ~庵野秀明の1214日~』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門

文=稲田豊史 庵野秀明の奇人性と天才性  メイキングドキュメンタリーというジャンルがある。ある映像作品の監督や制作現場に密着した実録のことだ。大方は「作品の完成」というシンプルなカタルシスが最後に用意されているため、込み入った問題提起からスタートする社会派ドキュメンタリーなどに比べれば、比較的「見やすい」部類に入ると言えるだろう。 『さようなら全てのエヴァンゲリオン ~庵野秀明の1214日』は、2021年3月8日に公開されたアニメーション映画『シン・エヴァンゲリオン劇場

「私のはなし 部落のはなし」|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作 #04〉

文=稲田豊史 部落差別の歴史を丁寧に掘り下げながら、実際に被差別部落で育った人たちにその差別体験を語ってもらうドキュメンタリーだ。なんという直球。しかも驚くべきことに、彼らは顔や実名、出身地名を明かして話す。そこに一体どれだけの覚悟が必要だったろう。観客ひとりひとりが「考えること」を強制され続ける、圧巻の3時間25分だ。 部落問題についてまわる問題のひとつに、当事者以外が語ることの難しさがある。どれだけ真摯に論じようとも、いざ当事者からの「だけど、あなたは差別されたことが

【連載 #04】外国人監督が忖度なしで「日本」を撮る|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門【第4回】

文=稲田豊史 外国人監督が日本の題材を撮る 観ごたえのあるドキュメンタリーには、はっとする視点が設定されている。見慣れた/聞き慣れた題材に、視聴者が想像もしていなかった角度からカメラを向ける。それはまるで、『桃太郎』を鬼側の視点から描くことで、「正義を掲げる侵略者に住まいごと蹂躙される異民族の悲劇」に仕立て上げるがごとし。 その、はっとする視点がもっとも顕在化しやすいのが、日本人に馴染み深い題材を外国人監督が撮ったドキュメンタリーだ。そこには、日本に生まれ育った者からす