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【連載】ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門|稲田豊史

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【ミステリー専門誌「ジャーロ」で連載中!】 気鋭の映画ライター・稲田豊史さんによる、ドキュメンタリーの観方指南。 ーー皆様はドキュメンタリーと聞いて何を想像するでしょうか。 「行… もっと読む
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#ミステリー

『食人族 4Kリマスター無修正完全版』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第9回】

▼前回記事はこちら 文=稲田豊史  1980年代後半、ビデオレンタルショップに通い詰めていた世代にとっては忘れがたいカルトホラー映画が、4Kリマスター、しかも無修正完全版として劇場公開された。  若い男女4人のアメリカ人ドキュメンタリー撮影隊が未開の南米アマゾン奥地に向かうが、消息を絶つ。モンロー教授たちが捜索隊として現地に赴くと、原住民の集落で4人の白骨死体と撮影済みの缶入りフィルムを発見。帰国後、フィルムを現像・映写してみると、そこには恐ろしい光景が記録されていた

『山田孝之の東京都北区赤羽』『山田孝之のカンヌ映画祭』『映画 山田孝之3D』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門【第9回】

▼前回はこちら 文=稲田豊史 『山田孝之の東京都北区赤羽』  2015年1月、テレビ東京系の深夜帯で突如始まった『山田孝之の東京都北区赤羽』(監督:松江哲明、山下敦弘/30分×12話)という番組に、筆者を含む多くの視聴者は当初たいそう困惑した。  第1話冒頭は、『天然コケッコー』『苦役列車』などで知られる山下敦弘監督の新作映画『己斬り』という時代劇の撮影現場。ラストシーンで自死する主役にして侍役の山田孝之の芝居が止まってしまう。「(作り物の刀では)死ねないっすね」「僕

『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第7回】

文=稲田豊史  2022年12月27日から30分×三夜連続で深夜に放送された『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』(BSテレ東)が、放送直後からネットを中心に大きく話題となった。内容は、「テレビ東京局内にはもうデータとして残っていない過去の番組を、視聴者から送ってもらった録画VHSを使って放送する」というもの。進行役は、いとうせいこう、モデル・女優の井桁弘恵、テレビ東京アナウンサーの水原恵理だ。  三夜にわたって放送されるのは、1980年代にテレビ東京の

プロレスとドキュメンタリーに共通する「虚」と「実」~『俺たち文化系プロレスDDT』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門【第8回】

文=稲田豊史 『ビヨンド・ザ・マット』の衝撃  プロレスラーたちの普段の顔を追った米国のドキュメンタリー『ビヨンド・ザ・マット』(99年製作)が2001年に日本で公開された際、多少なりともプロレスというものに触れていた者は大きな衝撃を受けた。プロレスが(正確にはWWF〈現・WWE〉を中心としたいくつかのプロレス団体が)筋書きのあるショーであると、〝証拠映像〟と共にはっきりと言い切っていたからだ。  同作は冒頭から「プロレスは基本的に芝居と同じ」「勝敗も暴力シーンもすべて

『チョコレートな人々』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第7回】

文=稲田豊史  配信に降りてこない、DVD化もされないことで知られる「東海テレビドキュメンタリー劇場」と言えば、過去に『ヤクザと憲法』や『さよならテレビ』といった物議を醸しまくった問題作で知られるドキュメンタリーブランドだ。その最新作は「障がい者やセクシャルマイノリティも働ける、ダイバーシティでインクルーシブなチョコレート屋の話」。ふむ、「いい話」には違いない。が、今までの攻めたテーマからすると、随分と和み系に日和ったもんだ――などと早合点してはいけない。エッジィでパンク、

『セールスマン』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第6回】

文=稲田豊史 「ダイレクトシネマ・ムーブメントの中核をなす古典的名作」と説明される1本だ。  ダイレクトシネマとは1960年代、撮影・録音機材の発達と小型化に伴い、映像と音をシンクロさせる同時録音が屋外でも可能になったことで生まれたドキュメンタリーの形式。発祥は北米で、「被写体に演出指示をせず、そのまま撮る」「ナレーションやBGMやテロップは入れない」ことを特徴とする。本作の監督のひとりであるデヴィッド・メイズルスはダイレクトシネマの原則について、「その瞬間に起きているこ

【連載 #05】『さようなら全てのエヴァンゲリオン ~庵野秀明の1214日~』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門

文=稲田豊史 庵野秀明の奇人性と天才性  メイキングドキュメンタリーというジャンルがある。ある映像作品の監督や制作現場に密着した実録のことだ。大方は「作品の完成」というシンプルなカタルシスが最後に用意されているため、込み入った問題提起からスタートする社会派ドキュメンタリーなどに比べれば、比較的「見やすい」部類に入ると言えるだろう。 『さようなら全てのエヴァンゲリオン ~庵野秀明の1214日』は、2021年3月8日に公開されたアニメーション映画『シン・エヴァンゲリオン劇場

「私のはなし 部落のはなし」|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作 #04〉

文=稲田豊史 部落差別の歴史を丁寧に掘り下げながら、実際に被差別部落で育った人たちにその差別体験を語ってもらうドキュメンタリーだ。なんという直球。しかも驚くべきことに、彼らは顔や実名、出身地名を明かして話す。そこに一体どれだけの覚悟が必要だったろう。観客ひとりひとりが「考えること」を強制され続ける、圧巻の3時間25分だ。 部落問題についてまわる問題のひとつに、当事者以外が語ることの難しさがある。どれだけ真摯に論じようとも、いざ当事者からの「だけど、あなたは差別されたことが

【連載 #04】外国人監督が忖度なしで「日本」を撮る|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門【第4回】

文=稲田豊史 外国人監督が日本の題材を撮る 観ごたえのあるドキュメンタリーには、はっとする視点が設定されている。見慣れた/聞き慣れた題材に、視聴者が想像もしていなかった角度からカメラを向ける。それはまるで、『桃太郎』を鬼側の視点から描くことで、「正義を掲げる侵略者に住まいごと蹂躙される異民族の悲劇」に仕立て上げるがごとし。 その、はっとする視点がもっとも顕在化しやすいのが、日本人に馴染み深い題材を外国人監督が撮ったドキュメンタリーだ。そこには、日本に生まれ育った者からす

【連載 #03】「エンディングノート」|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門

文=稲田豊史 他人の家の家族アルバムは退屈か 「セルフドキュメンタリー」というジャンルがある。監督が自分もしくは家族・近親者・親しい知人などを被写体(撮影対象)とするドキュメンタリーだ。その多くは監督自身がカメラを回している。 日本を代表するドキュメンタリストである原一男(『ゆきゆきて、神軍』(’87)、『全身小説家』(’94))の名を一躍知らしめたのは、自分の元同棲相手を追った『極私的エロス 恋歌1974』(’74)というセルフドキュメンタリーだった。『萌の朱雀』(’

「Tatsuya Mori TV Works~森達也テレビドキュメンタリー集~」|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作 #02〉

文=稲田豊史 森達也が90年代に制作したTVドキュメンタリー4本が、2021年12月に初DVD化された。価格は少々お高いが、今までVHSや配信などでも一切観ることができなかった〝幻の作品群〟ゆえ、所有して損はない(筆者も購入した)。当時は地上波での放映だったが、同じ内容を令和の現在に放映するのは難しいだろう。それほどまでに「題材勝ち」の4本なのだ。 『ミゼットプロレス伝説~小さな巨人たち~』(’92)は、昭和の時代に時折TVで見かけた、いわゆる小人プロレスの興行団体に密着

【連載 #02】「FAKE」|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門

文=稲田豊史 既に世間のジャッジは下っている 「題材勝ち」と呼ぶべきドキュメンタリーがある。その題材が取り扱われているというだけで、あるいは視点が〝そこ〟に設定されているというだけで、視聴者に「面白そうだ」と思わせるタイプの作品だ。中国人監督が靖国神社に集う人々にカメラを向けた『靖国YASUKUNI』(’07)、アメリカ人監督が和歌山県太地町のイルカ追い込み漁を批判的に取り上げた『ザ・コーヴ』(’09)、日系アメリカ人監督が慰安婦問題を鋭く検証する『主戦場』(’18)など

【新連載 #01】「アメリカン・マーダー 一家殺害事件の実録」|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門

文=稲田豊史 イントロダクション:ドキュメンタリーとは何か 本連載は、ミステリーファンのお眼鏡にかなう「事実はミステリー小説より奇なり」なドキュメンタリー作品を毎回1本取り上げ、その観方(みかた)を、ドキュメンタリー好き映画ライターの立場から指南していくものである。とはいえ、「観方なんて他人からいちいち教わるものではない」という声も聞こえてきそうだ。そこでまず問いたい。 そもそも、ドキュメンタリーとは何だろうか? 多くの読者は、ドキュメンタリーをこんなふうにイメージし