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1976年8月15日、夏の日の思い出(02)

1976(昭和51)年。私が中学2年生の夏のことが脳裏に浮かんできた。
もう45年以上前のことだが、その時のこと。その頃のことが蘇ってきた。

僕は、帯広市内の中学校に通う中学2年生。
帯広市は、北海道の道東に位置する十勝支庁の中核都市だ。

7月の後半から気温が30℃以上の日が続いていたが8月に入り30℃越す日は2日くらいで急に涼しくなった。
僕は、夏休みに入ってからというもの部活を休んでずうっとひとりで音楽を聴きたり、本を読んだりして過ごしていた。
何故そうなったかと言うと夏休みに入る少し前に怪我をして休診日以外は毎日整骨院に通院して治療を行っていた。
怪我に関しては、自業自得と言ったところもある。
僕は、サッカー部に所属していて、他校に練習試合をしに行った時。
対戦相手の学校向かう途中で部室にシューズを忘れたことに気付き引き返して遅れてみんなと合流した。
すでに練習試合は始まっていて、ストレッチをしないまま僕の代わりに出ていた奴とすぐに交代してフィールドに出た。
フィールドに出て、10分もしないで大腿部を肉離れさせて離脱することになり、すぐにいつも行く整骨院へ行った。
それからというもの夏休みに入ってからもほぼ毎日整骨院へ通院していた。
遅くても、アイスホッケーのシーズンが始まるまでには完治させたいと思っている。
何か自分自身くすぶった感じの日々を過ごしていた。
そう今日8月15日は、日曜日と言うかお盆の期間で整骨院は休診。
朝から父、母、妹、そして僕の4人で、帯広市に隣接する音更町にあるお寺に行って来た。
お盆なので、祖母の遺骨が納められているお寺へお参りに行ったというわけである。
祖母は、3年前に亡くなった。
僕が小学5年生の時だった。
お昼には、帯広に戻って来て昼食を取った。
その後、母さんの実家に両親と妹は行った。
今夜は、母さんの実家に3人は泊まって帰ってこない。
僕は、ひとりになって家の戸締まりをして出かけた。
駅前のサウンドコーナーに取り寄せの注文をしていたレコードが入荷したという連絡を昨日もらってたので行った。
レコードを受け取り、店を出たところで近所に住む2つ上の和男とばったり会い和男の行き付けの喫茶店へ行った。
この和男というのは、5人兄弟の一番下で2つ下の僕を弟のように扱うとこで『アニキ』になった感覚を味わおうとしている。
もちろんそんなことは僕は知っているのでそれに付き合っている。
和男に限らず、近所の年上の人たちは僕のことを弟として扱ってくれる人が多い。
僕としても上の兄弟がいないので心強くも感じる。
和男に連れられ、サウンドコーナーから1、2分程度の歩いたところにその喫茶店はあった。
和男とふたりでその喫茶店で1時間ほど過ごした。
そこで初めて聴いたレコードが気になり店を出て再びサウンドコーナーへ行きそのレコードを買った。

帰り道で家に近づいたところで、前から少しうつむき加減で歩いている女性が僕の目に入った。
すぐに雪だということに気付いた。
白い半袖オープンカラーのブラウスにバーバリークラシックチェックの巻きスカート、足元はベージュの無地のソックスに茶色のローファー。
髪は肩より少し下のところまで長さで栗毛色。肌は白く頬にほのかに赤みがり、唇は口紅をつけているかのように赤いので化粧をしているよう見える。
でも、僕は雪が化粧しないことを知っている。
背丈も165cmくらいで、168canの僕とでは身長差はなく。
バランスの問題なのかも知れないが
雪の方が大きく見られることが多い。
そんな雪が僕の家の方から、歩いてくるのを見て、僕の家へ行き、誰もいないので引き返してきたところだということはわかった。
雪はうつむいたまま歩いていたので、僕が目の前まで来るまで僕に気付かなかったようだ。
「雪」と僕が声をかけると、雪はうつむき加減だった頭を少しだけ上げたところでやっと僕に気付いたようだ。
うつむき加減だったせいか顔の表情はわからなかったが僕と視線があった時、微か微笑んだように見えた。
「家に誰もいなかったから帰るところだった」と素っ気ない言い方で雪が言った。
雪は、見た目は大人ぽく、どちらかというと美人の部類に入ると思う。
ただ、黙っているとそうなんだが、話し出すと年相応にも感じる。
それに俗にいう“田舎ぽい”ところがある。
雪が小学6年の時帯広の小学校へ転校して、かなり同じクラスの男の子たちに喋り方や見た目で“田舎っぺ”とからかわれたこともあって、雪はあまり人と話さなくなっていた。
「ちょうど良かった。今、帰るところだった。用があったんだろう」と僕は雪の瞳を見つめて言って、僕は雪の左手を取り家の方へ歩き出した。

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