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歯の妖精の来訪を断ることにした話

周りの友達が一人また一人と歯が抜けて、大人の歯に生え変わっていくのに、ボクの歯はまだ一本も抜けない

7歳の息子は、この数年にわたり、こんな心のつっかえを抱え続けてきた。そうとはっきり口にしていたわけではない。でも、息子の言葉の端々や、ふとした表情の翳りから、わたしは息子の心のうちにある影を何度も垣間見てきた。

息子は同年齢の子どもと並ぶと、際立つほどに小柄である。クラスで一番大きいこと隣り合わせに立つと、背が頭一個分ほど違う。

成長がゆっくりな分、歯が抜けるタイミングも平均より遅めなのだなと親としては悠長に構えていたのだが、息子には納得がいかない。どうしてボクの歯は抜けないんだ。

大丈夫、いつか必ず抜けるから。遅いか早いかの問題だよ。」

わたしは、息子の心の影を目撃するたびに、そうやって息子を励ました。

そして、期待したとおり、その日はついにやってきた

数日前からぐらぐらし始めていた下の前歯を指でいじっていたら、あっけなくポロンと取れたらしい。学校の教室で、先生が話をしている途中のことだった。驚きと喜びとで、一瞬息を呑んだに違いないが、教室内のルールを忠実に守らねばと思った息子は、その決定的瞬間にも取り乱すことなく、ちゃんと自分を制御した。…と息子は後で語った。

その日、スクールバスから降りてきた息子の第一声は、当然、

歯が抜けた!!

だった。前歯が一本欠けた息子の笑顔は、ちょっと間抜けだったけれど、ぴかぴかのまんまるだった。

アメリカでは、子どもの歯が抜けたときにやるちょっとした習慣がある。

当日の夜、抜けた歯を枕の下にそっと忍ばせて眠る。そうすると、寝ている間に「歯の妖精」(Tooth Fairy)がやってきて、その歯を持って行ってしまう。でも、代わりにコインを置いて行ってくれる。

初めてこの話を聞いたとき、なんじゃそりゃと思った。

歯の妖精って。歯に特化した妖精なんているんだ。ていうか、妖精の仕事がそんな細分化されていたなんて知らなかった。あと、歯をお金に交換するのはなんでだろう?歯が抜けるたびに子どもにお小遣いをあげるということに違和感を覚えた。

調べてみると、歯の妖精にまつわる言い伝えはヨーロッパで古くから存在するらしい。10世紀ごろの北欧に起源があるという説がある。当時、北欧では子どもの乳歯は縁起が良いと信じられていて、バイキングが戦いに出るときに身を守るためのお守りとして持つ習慣があったとか。それで、子どもの歯が抜けたら、それをお金で買い取った習慣が起源という。

なるほど。ところ変われば、歯の意味も価値も変わるわけか。

ちなみに、今日のアメリカで、歯の妖精(つまり親)が歯1本あたり枕元に置く金額の相場はいくらなんだろう。息子の歯が抜けて気になったので調べてみた。

「歯の妖精」が歯一本当たりに枕元に置く金額
https://www.deltadental.com/us/en/tooth-fairy/press-release.html

金額について横並びが気になる歯の妖精(つまり親)が一定程度いるとみえて、保険会社やクレジットカード会社など、さまざまな会社が調査データを発表していた。上に載せたのは、歯科保険会社であるデルタ・デンタルが調査結果をまとめたもの。2024年の最新データによると、歯1本あたり平均5.84ドルで交換されているらしい。

S&P500(米国株式市場の株価指数の一つ)と連動して、歯の妖精の支払額も上向いているところがいかにもアメリカである。歯の妖精の懐事情は、アメリカ経済と連動している

ついに息子の1本目が抜けたところで、我が家の歯の妖精オペレーションをどうするか、夫と秘密裡に話しあった。「歯の妖精に歯を持っていかれて、コインと交換してそれで終わりというのも味気ないね」と夫が言った。どうやら夫は、歯の妖精のような架空の設定があまり好きではないらしい。

話し合いの結果、なんと、歯の妖精のお出ましはお願いせず、夫自らが、歯1本につき2ドルをお祝い金として支給するシステムになった。

正直にいうと、こっちの方が味気なくないかという気がしているんだけど、息子も嬉しそうなので、まあいいかと思っている。

(おわり)


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39日目

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