家の中で靴をはくスタイルになじめない
唐突に、夫が家の中で靴を履き始めました。
「おいおい!」
わたしは、警官が笛を吹き鳴らして注意するような勢いで、夫を呼び止めました。
「なんで家の中で靴履いてるの?!」
事前の説明もなく、突然始まったその新しい習慣に、私はすぐに気づきました。アディダスのスニーカーの靴底が、床に触れるたびに、ぎゅしぎゅしと耳慣れない音を立てるからです。
呼び止められた夫は、なんでもないことのように涼しい顔をして答えました。
「いや、靴を履いてる方が足が心地よいんだよね。」
へ、そうなの?わたしは靴を脱いだ方が断然心地よいけど。
生まれてこの方、家の中では靴を脱ぐのが当たり前すぎて、それ以外の選択肢がそもそも選択肢ではない社会で育ったわたしには、まったく予想だにしなかった答えです。
夫は、さらに詳しく説明を続けました。
「僕は子どもの頃、家の中では靴を履いたままだったんだよ。いつからか、靴を脱ぐ習慣に変わったけれど。最近の生活では、リモートワークだから外に出る時間も限られるだろ。ほとんどの時間、靴を履かずに過ごしているんだ。そうすると、足の裏が平べったくなってきたような気がするんだよね。」
足の裏が平べったくなってきた……?
真偽のほどはわかりませんし、靴を履かないこととの因果関係も確かめられていません。でも、わたしとは全く違う夫の感覚と発想に、目が丸くなってしまいました。
夫が家の中で履いているのは、外ではまったく使っていない新品です。なので、家の中が汚れる心配はありません。外履きの靴のまま家に上がってくるなら、全力で止めますが、そうではない。純粋に、靴を履いて過ごすことが普通の半生を過ごしてきた夫にとって、これが心地よいスタイルだということなのです。
育った環境や培ってきた感覚を、最大限尊重するのが夫婦間の基本ルールだと思っているわたしは、もちろん、そういうことなら、と受け入れました。
それからというもの、夫が移動するたびに、ぎゅしぎゅしと床を踏む音が聞こえてきます。どこにいるかがすぐわかります。
コーヒーのおかわりに書斎からキッチンに出てくるときも、ごはん時にスプーンとフォークを取りにいくときも、寝る前に歯磨きをするときも、夫の足元はいつもスニーカーに収まっている。
なんかすっごい違和感。
いや、いいんです。やめてほしいとは全然思っていないし、このまま続けてもらって大丈夫なのです。
でも、家の中で夫と顔を合わせるたびに、わたしの視線は顔からすぐ足元に向かうようになりました。履いていることをなんとなく確認してしまう。だからどうということではない。でも、いつもどこかで気になっている。
そのうち、慣れるんだろうか。
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《アメリカでの生活のことをいろいろ書いています》
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