西も東も関係なく、うまい蕎麦はうまい
西のうどんに、東のそば。
大阪育ちのわたしは、かつて、一ミリの躊躇もなくうどん派でした。実家でも、うどんとそばが食卓に上がる比率は、圧倒的にうどん側に傾いていました。蕎麦といえば、年越しそばでしたね。年に何回か数えるほどしか食べていませんでした。
でも、ある日、わたしの中で、うどんへの忠誠心があっけなく崩れました。うまい蕎麦はうまい。そこに西も東も関係ない。あの瞬間の驚きと感動を、わたしはいまも覚えています。今日はそのことを書きます。
◇
大阪で立派なうどん派に育ったわたしは、大学卒業とともに、東京に引っ越しました。社会人生活の幕開けです。
東京へ行ったら、生活の中でそばを目に見する機会が増えました。そばのチェーン店はあちこちにあるし、同僚とランチに出たらそばを頼む人がいたりします。それでも、最初の数年は、頑なにうどん派としての矜持を持ち続けていました。
ある週末のこと。友人と一緒に、奥多摩の山へハイキングに出かけました。当時、低山を日帰りで登るのが週末の楽しみでした。
昼過ぎに下山して、電車の駅を目指しててくてくと歩いていました。本当は、駅まで行くバスが走っていましたが、2時間に1本とかそんな頻度で、ちょうど前のバスが出てしまったところでした。駅までは結構な距離なんだけど、2時間待つなら歩いたほうが早い。半ば絶望的に歩いていました。
いつになったら着くんだよ……。だんだん嫌気がさしてきたころに、その蕎麦屋さんを見つけました。山間の渓流沿いにある民家を改装したレストランです。
正確にいうと、店名には蕎麦ではなく、釜めしという言葉が入っていました。疲れたから、とりあえず入ってなにか食べようということになりました。
中は畳の大部屋で、低いテーブルの周りには座布団が並べられています。縁側の窓は開け放たれていて、外のお庭は、季節の植物が目を賑わせてくれます。なんだかおばあちゃんのお家に来たような、懐かしい雰囲気が漂っていました。
わたしはそこまでお腹が空いていなかったので、軽めにしようとメニューをみたら、麺がありました。うどんもあったのに、その日はなぜか蕎麦を頼みました。一緒にいた友人に薦められたのだったか、覚えていません。普通ならうどんにするところを、その日は珍しく蕎麦にしたのです。
ほどなくして、ざる蕎麦が運ばれてきました。本当にシンプルなざる蕎麦です。蕎麦の横にはつゆと薬味。特筆すべきは、生わさびがすり器とともにお盆に盛られていたことです。
生わさびは初めてでした。わたしはすぐに摺りにかかりました。ツンとわさびの香りがします。実は、寿司でもわざわざサビ抜きにするくらい、わさびの刺激が苦手なわたし。でも、好奇心から、摺りたてのわさびを一つまみ、つゆに混ぜました。
ひとすすり。ずるずるっ。
あれ、思ってたのと違う。いや、いい意味で。
手打ち蕎麦のつるんとした食感。クセのない風味。喉を滑っていく心地よい冷たさ。わさびの爽やかな香り。シンプルだけど上質。
なにこれ。めっちゃおいしいやん。
大げさではなく、衝撃でした。蕎麦ってこんなに美味しかったのか。うまい蕎麦の前には、西も東も存在しない、とこのとき悟りました。いままで誤解しててごめん。
このときわたしが訪れたお店はここ、「釜めし なかい」さんです。
初回の訪問の後に、テレビで取り上げられて話題になり、2回目に行ったときは、整理券が配られて1時間近く待つほどの混雑ぶりでした。いまやホームページには英語のページもあって、外国人客もいるようです。あのクオリティですもん、世間に見出されるのは時間の問題だったのだろうと納得です。
この一件の後、「もしかして…」と思って、蕎麦のチェーン店にも入ってみました。案の定、普通に美味しくて拍子抜けしました。わたしのうどんへのこだわりは一体何だったのでしょう。まったくもって当てになりません。
うどんはうどんで美味しいけど、蕎麦も負けてないよね。人生は、柔軟にいった方が楽しいね。
※文中の写真は、生わさび以外、「釜めし なかい」ホームページより抜粋しました。
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