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【2021年本屋大賞ノミネート作品#9】『この本を盗む者は』深緑野分

読書好きな皆さんの中で、本の世界に入ってみたいと思ったことがある人は少なくないのではないだろうか。

私も子どもの頃、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』を読んで、本の中に入り込むことに憧れた覚えがある。

直接的な応援メッセージの強いものが多い今年の本屋大賞ノミネート作品の中で、本作は少し雰囲気の違う、魅力あるファンタジーである。

読長町の御倉館

この本の主人公は、高校生の御倉深冬。読長町にある御倉館の管理人である御倉あゆむの娘だ。御倉館には、数え切れないほど大量の書物が所蔵されている。

御倉館にあるのは、書物の蒐集家として有名だった御倉嘉市と、同じく蒐集家であり、本に情熱を注いだ娘のたまきによって集められた本である。

深冬の祖母であるたまきは本を盗難から守るため、御倉館への入館を一族の者のみに限定するとともに、建物に警報装置を取り付けたのだった。

御倉館の本を盗む者は…

しかし、御倉館から本が盗まれると、警報装置が作動するだけではないということを深冬は知ることになる。

ある日、深冬の前に真白という少女が現れ、本泥棒の出現により、ブック・カース(本の呪い)が発動したと言う。

本が盗まれると、町全体が物語の世界に変わるのだ。深冬が泥棒を捕まえ、盗まれた本を取り戻すまで、世界は元通りにならない。

深冬は次第に状況を受け入れ、行動する。その中で、御倉一族の秘密に気付くこととなる。

本の世界と現実のバランス

物語の世界に入ってみたいという思いを叶えてくれる一冊。しかし、入り込むお話がなかなかハードな内容であるし、そもそも泥棒を捜すという使命があり、楽しい、という感じではない。

本作全体を通じて、どこか寂しい。たまきは本を愛しすぎて、現実世界で近くにいる人たちへの配慮を忘れてしまったのだと思う。本の世界と現実のバランスがとれているのが一番なのだろうと感じる。

現実が辛くて、本の世界に逃げ込むこともある。実際には体験できないことを、本の世界でちょっぴり覗いてみることもある。現実世界で起こっている問題の解決策を探して、本を読むこともある。

どれも大切だと思うけれど、現実世界において、目の前にあることや周囲にいる人たちとまっすぐ向き合うことも忘れないようにしたい。

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