第5話:讃岐うどんのヒ・ミ・ツ
ジオリブ研究所所長、ジオ・アクティビストの巽です。
「うどん」は日本の国民食の1つ、と言っても過言ではないでしょう。全国各地にご当地うどんがありますし、ネットなどでも熱いうどん談義が繰り広げられています。そんな中で、多くの人たちを魅了し、圧倒的な存在感を示すのが「讃岐うどん」。人口当たりのうどん消費量、うどん店の数ともに他県の追随を許さぬ「うどん県」香川の華です。
なぜこの地に、これのほどのうどん文化が育まれたのか?今回と次回は讃岐うどんの美食地質学です。
さあ、ジオリブしましょ!
コシ:讃岐うどんの真髄
讃岐うどん、その最大の魅力の1つがコシであることは多くのうどんファンが認めるところでしょう。しかし、うどんなどの麺のコシとは何か、コシのある麺とはどういう状態なのかについては、誤解も含めてさまざまの見解があるようです。そこでまず、讃岐うどんのコシについて私の見解をご披露することにしましょう。
まずはっきりさせておかねばならないことは、讃岐うどんのコシは、半茹でのためにポソポソした芯が残る状態、つまりアルデンテのパスタで楽しむプチッと噛み切る食感とは異なることです。また、蕎麦のコシと呼ばれることが多い歯切れの良さとも違います。表面近くはねっとりと柔らかく内部はもっちりと粘り気がある状態、この2つの食感のマリアージュこそが讃岐うどん特有のコシだと思います。
この讃岐うどんに特有の食感を生み出す原因を、考えてみましょう。
うどんやパスタの原料となる小麦粉には、グリアジン、グルテニンという2種類のタンパク質が含まれています。ちなみにソバ粉には総量としては小麦粉以上のタンパク質が含まれるのですが、グリアジンとグルテニンは含まれていません。この2種類のタンパク質が水と反応すると「グルテン」が形成され、これこそがモッチリ感を生み出す成分なのです。さらにこの特性は塩を入れることでより引き立つ上に、讃岐うどんのように、足踏みと呼ばれる伝統的な技で捏ね上げることで、さらにグルテン化が進行するのです。
讃岐うどんのコシを生み出すもう1つの要因は小麦の主成分、デンプンにあります。デンプンは水と熱を加えると、複雑な鎖状の構造の隙間に水が入り込み、柔らかく膨らみます。「α化」または「糊化」と呼ぶ反応で、これこそがうどんの表面付近がねっとりとした食感となる原因です。もちろん、長時間茹でると麺の内部まで柔らかくなってしまうので、茹で過ぎは禁物です。
讃岐うどんのコシを生み出すメカニズムを簡単に示したものが図1です。適切に茹でたうどんの表面付近は糊化が進行してねっとりしていますが、内部ではまだ糊化が進んでいないためにグルテンのモッチリ感が際立ちます。この2つの食感こそが、讃岐うどんのコシの秘密なのです。
讃岐が小麦産地となった理由
さて次に、讃岐にうどん文化が華開いた理由を考えることにしましょう。ずばり、それは「瀬戸内式気候」と呼ばれる雨の少ない気候にあります。そしてこの特有の気候は、瀬戸内海の北側と南側に山地があることに原因があります。
図2に示す鳥取から高松を経て室戸岬に至る地形断面を見ると、南北にある2つの山地が瀬戸内海を囲むことがよく分かります。
モンスーンアジアの東縁部に位置する日本列島では、夏は南のフィリピン海から、そして冬は日本海を超えて北からの季節風が吹くために、多量の湿気がもたらします。しかしこれらの湿潤な風は、四国・中国山地を超える時に雨や雪として水分を吐き出してしまうために、瀬戸内海域では他地域に比べて降水量が圧倒的に少なくなるのです。
この好天・乾燥気候が入浜・流下式などの製塩技術を生み出し、瀬戸内海沿岸特に兵庫県と香川県に日本有数の塩田地帯が形作られました。うどん製麺に必要な塩は、この地域の特産だったのです。また、瀬戸内塩の存在と海に面して原料の大豆や製品の運送に便利であったことから、香川県小豆島は日本有数の醤油産地となりました。うどん出汁や、生醤油うどんに欠かせない醤油も香川県の名産なのです。
一方で雨が少なく水に恵まれない上に大きな川が流れていない香川県では、米を栽培することは相当に困難でした。これを克服すべく造られたのが、日本最大の満濃池を始めとする1万8千を超えるため池です。一方でコメに比べると小麦は少雨で乾燥した気候を好みます。畢竟この地域は、江戸時代中期の『和漢三才図会』に「讃州丸亀の産を上とす」とあるように、良質な小麦の産地として名を馳せるようになったのです。
香川がうどん県となった理由、お分かりいただけましたでしょうか?
でもこれで終わっていたのでは、美食地質学は道半ばです。次回は、讃岐で小麦を作らねばならなかった理由の1つである、「大河が流れていない」という点に焦点を絞ってお話しすることにします。
少し勇足をすると、実は現在の香川県には、300万年前までは悠々と大河が流れていたのです。
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