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居眠り猫と主治医 ㉒漂う猫 連載恋愛小説

ずぶ濡れで海から上がった姿がまぶしくて、文乃は挙動不審になった。
軽く手招きされ近づくと、ライフジャケットを着せられる。
あっけにとられて声も出せないでいる文乃に祐は自分の唇を示し、すべてうまくいく、と口だけを動かす。

「水野さんも浮かんでるだけでいいから。リラックス」
気づくと里佳子も一緒に大海原を漂っていて、すがるようにふたりで手を取りあう。

***

緊張は伝わるのか、イルカたちも遠巻きにして警戒している。
水温は思ったほど低くなくて、慣れると心地良く感じるくらいだった。
大胆な一匹が間近で前転をして、豪快な水しぶきをかけてきた。
遊ばれているのがわかり、浅かった呼吸が徐々に楽になる。

「…けっこう大丈夫っぽい?」と里佳子。
「ですね」
「夏目先生が巻き込み系だったとは…」
どうせふれあうなら、とことん楽しんでもらいたい、という推し活布教の精神なのだろう。船上からだけでは得られないなにかを、肌で感じる。

水面スレスレに顔をのぞかせたイルカと目が合い、文乃は自然と顔をほころばせた。
ツルツルとしたなめらかなボディに、いたずらっぽくも見える柔和な表情。体は大きくても、不思議と威圧感はない。
泳がず潜りもしないヘンテコな生き物でも、ここにいていいんだ。
存在自体を肯定されているような気になる。人生観が覆った感すらあった。

***

「後先考えず、ぶっ倒れるまで泳ぐキャラでしたっけ?」
「ねー、変わったよね。人あたりはいいけど、壁がある感じだったのに」
歩と里佳子に酒のさかなにされているのは、畳で爆睡している夏目祐。お酒に酔ったわけではなく体力の限界がきて、ぷっつりと機能不全に陥ったのだ。

わんぱくだのヤンチャだのと、言われ放題。
「いいカラダの小学生男子だわー」
「ああ。イルカのために鍛えてるって言ってましたよ、真顔で」
あまりに動かないのが気になって、文乃は顔を近づけた。
息をしていたので席に戻ろうとすると、腕をホールドされる。
歩を呼んではずしてもらった。

すると、今度は歩が餌食えじきになって拘束され、雑に振り払われていた。
「ちがう…って、なんすか、ちがうて。起きてるなら、部屋戻りますよ」
確かめたところ、やはり彼はすうすう眠っている。
歩とふたりで顔を見合わせ、笑ってしまった。

(つづく)

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