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居眠り猫と主治医 ⒘シェフの餌付け 連載恋愛小説

相変わらず借りてきた猫状態の文乃を、祐は不思議そうに見やる。
「テリトリー浸食してこないよな」
着替えやメイク道具を置かせてもらうという考えが、文乃にはなかった。
バッグに常備しているポーチに入っているのは、化粧直し用の保湿ミストとリップクリームくらいだ。

「先生のおうちですし。おじゃましてる身分なんで」
「ノーブラ素足で惑わせるのが、常套手段?」
湯上がりの魅惑的な香りを漂わせウロつく迷い猫を、どうしてやろうかと思ったと、彼は続ける。
いつの話をしているのか、やっと合点がいった。

焼き魚と具だくさん味噌汁だけでも、この上なくヘルシーなのに、今夜は副菜に白和えまでついていた。
「だいすき、これ。なめらかだしほんのり甘いし、やみつきになりそう」
ニンジンとほうれん草、こんにゃくの細切りが、小料理屋さんのよう。ごまの風味がたまらない。
レシピを簡単に教えてもらったが、豆腐を水切りうんぬんで絶対作れないと脳が読み込みをブロックした。

祐と会うようになってから、体質が改善したのか肌の調子がすこぶる良い。
洗顔したときの指のすべり具合に、朝から心が浮き立つ。
食事が体だけでなく、心にも効くとは知らなかった。

***

「時間が合わなくても、食いに来れば?」
お互いに週休2日制なのだが、勤務時間がまったくちがうし昼夜を問わず急患で呼び出される祐は、殺人的に忙しい。

それにもかかわらず、知識を貪欲どんよくに吸収しようと研修会のたぐいにかたっぱしから参加しているようだ。
会う時間はかぎられていた。
もっと自分に時間をけと、彼女だったら言うのかもしれない。

彼の仕事ぶりは人として信頼でき、気になるのは過労で倒れないか、ということ。それすら祐に言わせれば、
「累積した貸しは、狙いすましたタイミングで発動させるから、問題ない」
とのこと。

(つづく)

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