おべんと攻防 ⒊警戒 連載恋愛小説
新入社員は、各部門で1カ月ずつ研修することになっている。
その後、配属希望を出し、それが通るか否かは運まかせ。
帆南の場合は、相思相愛ですんなり惣菜部に決まった。
言いかえれば、そのとき空きがあったわけである。
チーフの蓮田は、グダグダな紹介をした。名前をまちがえたのだ。
「クセじゃなくて、クゼです。まっとうな人間なんで、安心してください」
その困り顔と機転の利いたコメントが、女性パート陣の心をわしづかみにした。「よっ。クセつよ男子。がんばれー」
御厨みどりの合いの手に、「カンベンしてくださいよ」と応じ、一瞬でなじむ久世真澄。
「趣味は、人間観察とサイクリングです。よろしくお願いいたします!」
ピシッとお辞儀をするだけで、拍手喝采。
こいつやりおるな、と帆南の警戒レーダーが反応した。
今ので全員の頭に名前がインプットされたわけで、蓮田の言いまちがいすら久世のたくらみではと、帆南は邪推してしまった。
「ハキハキと元気でいいね。おねーさん、好印象」
「御厨さんは、おねえさんカテゴリーとは言いがたい気が…」
みどりの地雷を、蓮田は平気で踏む。
みどりはチーフを空気扱いし、完全無視を決めこんだ。
惣菜部のいつもの光景だ。
***
スーパーにおいては、どの部門で働くにしても段取りがすべてだ。
トラックから荷を下ろし、一時的に保管する順番。
バックヤードの配置のしかた、店頭にまっさきに陳列すべき商品の見極め。
何をするにも、全体の流れを把握しておく必要がある。
惣菜部では、大量の調理を一気におこなうため、準備が甘いと目もあてられなくなる。
久世は教えがいがあった。
とにかく飲み込みが早く、率先して動く。
ふだん料理はしないそうだが、手先が器用なので見込みアリと、満場一致の高評価。
ひとつだけ、困ったことがあった。
理解力が高すぎるがゆえ、彼は作業のムダに目ざとく気づいた。
そして、どうしてもそれを指摘したくなるらしかった。
今までずっとこうしてきた、という感情論は久世には通用しない。
ペーペーの新人に核心を突かれるほど、気まずいことはない。
こちらの度量が試される。
由緒正しきお屋敷に若い従業員が入ると、得てしてこうなるんじゃないかと、帆南は空想に逃げたくなった。
***
調理スペースと洗い場の中間地点に、狭い通路がある。
誰もが通る場所で、すれちがうのが難しいため、譲りあう必要がある。
ピークタイムはイライラが増幅される、魔の地点となっていた。
久世真澄の提案は、シンプル極まりなかった。
「このでかテーブル、どけちゃいましょう」
一同、目からウロコ。
そこにあるから必要だと思い込んでいたステンレスの作業台は、よく見れば連結タイプで、ラクに取りはずせた。
「おお。広いー。くぜっち天才か!」とみどり。
おかげで導線が確保され、タイムロスが大幅減。
なにより、みんなのストレスが取りのぞかれたのは、大きかった。
そんなこんなで、スタッフは帆南以外、ひとり残らず久世に参ってしまった。
(つづく)
▷次回、第4話「帆南、反発を覚える」の巻。
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