居眠り猫と主治医 ⒗矛盾猫 連載恋愛小説
なにも話さず電車に揺られていると、高校生だった頃のまっさらな感覚がよみがえってきて、疲れた体と心が少しだけ癒えた気になる。
相手の意図がどうであれ、どうしようもなく惹かれているのは、シンプルな事実だ。
車窓の景色をながめている横顔を、そっと盗み見る。
「電車通学でした?」
物思いにふけっていたのか、気の抜けた返事が返ってくる。
初の共通点に、じんわり喜びをかみしめる。
降りる駅が近づくにつれ、無性に名残惜しくなってきて、
「もうすこし一緒にいたいです」
と文乃はつぶやいた。
電車ならではの騒音で、かき消されたかもしれない。
むしろ、聞こえないほうがいいと願いながら。
「突き放したあとに、そう来る?」
すり寄ってきたかと思えばすり抜けていく、気まぐれな女だと思いこまれているらしい。計算でもなんでもなく、ただ自分の心が矛盾まみれなだけだ。
***
まどろみに身をまかせるのが心地良くて、起きたくない。
満ち足りた気持ちで目覚めた高揚感から、うっかり唇を合わせてしまった。
祐の目がばちっと開き、文乃は変な声をあげる。
あわてふためいてベッドから飛び下りようとすると、左の足首をつかまれ、
それ以上動けない。
「また逃げる」
「だって起きてると思わなくて。いつも朝、グダグダしてるイメージ」
「かわいいカオして、毒舌」
モテる人ならではの、無意識キラーワードに反応してしまう。
かわいいと思っていなくても、きっと口にできる。
「仕事何時から?」
「午後4時…あ、2時です」
なんで2時間も誤差があるのかと、ウソを見抜かれる。
ズルズルと荷物みたいに引きずられ、腕の中に帰還。
顔色よくなったな、と彼の手のひらが頬を包む。
***
「ぐっすり寝た?」
こくりとうなずいてから考え直し、首を横に振る。
どっちだよ、と笑う姿が色気の塊で、目がつぶれるかと思った。
疲れている女には手は出さないと、ゆうべは折り目正しく添い寝してくれた。ひとりきりじゃないと安らげるこの気持ちは、あとあと効いてきそうで、不安がよぎる。
「あの…出勤時間では?」
夜勤らしく、あえなく惨敗。
こんな明るいところでしたことがないと抵抗すれど、説得には至らず。
「大丈夫。オレしか見てない」
「そういうことじゃ…」
文乃を黙らせる術を彼は知りつくしていて、粛々と実行に移されたのだった。
(つづく)
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