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便利屋修行1年生 ⒑名コンビ 連載恋愛小説

まどかが奇声をあげたので、なにごとかと綾は駆け寄った。
鉢植えから虫が転がり出たらしい。
「…はー、たすかった…沢口くんいないと、仕事になんないわ」
あきれた眼差しを向けつつも、彼女の目につかないよう手早く処理する沢口。

綾が動じないことに、まどかは目を丸くする。
「え、なんで…?気持ち悪くないの?」
「えーと、カブトムシの幼虫集めてました。小学生のとき」

コワッと全身でドン引きされてしまったが、兄の影響と知って納得はしてくれた。困ったのは、そのあと。
兄ふたりの存在に食いつかれ、根掘り葉掘り質問攻め。
慎重にごまかしたが、あまり自信がない。

***

「本上修と本上諒って、イケメン臭漂いまくり。名前からして」
「沢口さんのが男前です」
どうにかして話題を変えたくて放った言葉に、まどかの目つきが変わる。
ふーん、ほー、と意味ありげに沢口を見る。
「半日見てて思ったんだけど。沢口くん、お父さんみたい」

ふれると皮膚がかぶれる植物や、ナイフのようにとがった葉を持つ樹木。それらを綾から遠ざけていたと、まどかは主張する。
「重いもの、ひとっ…つも、持たせてなかったし?」
「それはいつものことだろ」

ガーデニングに造詣ぞうけいの深いまどかが中心となって植え替え作業は進められ、土を掘り返したり肥料を入れたりといった力仕事は、沢口が担当していた。
ふたりのあいだに会話はとくになく、完璧な連係に綾は舌を巻いた。

「またケガされると面倒。リズムが狂う」
仕事に慣れようにも文字通り多岐にわたっていて、なにから手をつければいいかわからない状態で。邪魔になっている自覚はあった。

***

お客さんの庭にはオシャレなテーブルセットがあって、ハーブティーをごちそうになった。
「なに拗ねてんの?」
「は?すねてませんけど」
まどかは、依頼人と生き生きと庭めぐりをしている。

「…ていうか、態度ちがいすぎません?まどかさんに対しては、リスペクトと敬意しか感じない。そりゃ、すごい人だし、それはいいんですけど」
リスペクトと敬意は同義だと、沢口は話の腰を折る。

「どういう扱いしてほしいわけ?」
椅子を寄せてきて、彼は綾の間近で頬杖をつく。
よくわからない迫力に、気圧される。
「言ってみ?」
そう言って、沢口は綾のあごにふれた。

***

所長と秋葉の空気が、珍しく重い。
蜂谷はちやがバックレた」
「あー、あの案件すか」
「なんとかだまして誘い出したまでは、よかったんだけどなー」
責任者らしからぬ、軽いノリである。

「というわけで、緊急登板。本上綾」
所長の掛け声に綾は反射的に立ち上がり、ハキハキと返事をしていた。体育会系のサガだ。
それにしても、まどかが逃げ出す仕事って、いったい…
「本上な、妙に品あるだろ。適任だよ」

「感じたことないですね」
眠そうな低音が背後で響き、肩が反応する。
この人こそ、まれにみる色気と気品の持ち主だ。
なに?とばかりに見下ろされ、綾はなんとか挨拶を絞り出した。

「じゃ、そーゆーことで」
沢口にヒラヒラと手を振り、新聞を読み始める所長。
またしても組まされてしまったらしい。

「そういえば」
何を言いだすのかと、綾はビクつく。
「メイクしたことあんの」
ちょっとやそっとじゃ落ちない、かわいいティントリップしとるわ。

その親指で唇をなぞられた感触を思い出す。
昨日のあれは、なんだったんだ。
「バカにしてます?」
「さあ」

(つづく)

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