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あすみ小学校ビレッジ ⒎オッサン先生の寺子屋 連載恋愛小説

「あすみ小学校ビレッジ」は地元の観光バス会社とNPO法人が共同で運営している。
NPO代表理事は森下オサム、千種の父親だ。
あすみでは、彼を知らない者はいない。
PTA会長、夏祭り実行委員長、防災市民会長etc.「セット販売されているんじゃないか」と疑うくらいに、式典にはお決まりの人物である。

「なんらかの長になりたがる目立ちたがり」だとやゆされるが、単に地元愛が深いのだろうと、泉は分析する。
「自分の名前が印字されてると、意気が揚がるんだよなあ。よっしゃ、やっっちゃうよ?って」
黙っていると重鎮のような風格だが、笑うとなつっこい顔になる。
土産物店の店主もできそうだ。

***

2年前、オサムはビレッジ内で「森下寺子屋」をはじめた。放課後に児童をあずかるのだが、それだけではない。
「カリキュラムのない、自由な学校」それが彼の掲げたスローガンだ。
授業のペースについていけず、つまずいた子どもには、宿題をみてやりつつ基礎のおさらいをする。

反対に、能力が高すぎてもてあましている子には、学習機会を与える。
せかさず、ひとりひとりのペースを大事にする、そんな場だ。
博学なオサムは子どもたちに慕われ、親しみをこめて「オッサン先生」と呼ばれていた。

理解力が高すぎて、学校で浮く。
光石善にとって、授業は知っていることばかり。
友達とハナシは合わない、センセイはなにかにつけ行動を制限してくる。学校は息苦しい場所なのかもしれない。

いじめられるほどではなくても、孤立する。洞察力のせいで、まわりの空気も察知してしまう。
興味のあることを好きなだけ学べたら。そんな当たり前の願望も、画一的な今の教育システムでは実現できない。

森下オサムの理念が、善の渇望にぴったりとあてはまったのだ。
宿題のない寺子屋では、子どもたちはなにを勉強してもいい。
私設図書室の本は読み放題。パズルも遊びではなく、数学扱い。

***

今のミッションは、中庭にビオトープをつくること。
そのためには、なにが必要か。子ども有志が中心になり自分たちで考える。
「穴を掘って池をつくったって、空気の流れがないと藻が繁殖するだけかも」

「はんしょくってなに?善ちゃん」
「いっぱいふえるってこと」
善は、ここではちいさな先生状態。頼られるのがうれしいらしく、くすぐったそうな晴れがましいような、すてきな表情をする。

目尻を下げてそれを見守るオサムは、手も口も出さない。
「おお。いいねえ」が口ぐせだ。
「いくないよ!藻だらけになったら魚が息できないじゃん」
「おお。そーかそーか」
子どもたちは、水族館に偵察にいきたいと直談判。
行動力がついてきた彼らに、先生はにっこにこ。

「ラッキー。行ってみたかったんだ~、明日海水族館」
寺子屋の美術担当に任命された塩屋龍次は、さしずめおおきな子ども。海のすぐそばだから期待大だと、じっとしていられないようす。
「遊びじゃないですよ?わたしたちは引率です」
かわいくないなと自覚しつつも、泉は心を鬼にして釘を刺した。

(つづく)

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