Re:便利屋花業 ⒐桜の味 恋愛小説
「頼むから自覚して」
「えーと…飲む?あ、車か」
黙ってコーヒーを飲む秋葉の空気感に耐えられなくて、まどかは話題を絞り出す。
桜味とはなんぞや、という長年の疑問が解決したことを思い出した。
桜の葉や花びらは無臭だが、塩漬けにして細胞が壊れると、匂いが解き放たれる。
あの繊細そうな花びらを容赦なくもみ込んだり発酵させたりしないと、香りは強く立たない。
「匂いを味だと感じるって、人間の脳ってフシギだなーって」
淡い色味の甘じょっぱさ。なんか桜餅の口になってきた。
「まどかさん」
「ハイ」
「腹へった」
そのまま食せるものが、今あっただろうか。
***
彼のキスには2種類ある。
ひとつは、おとなしく穏やかなバージョンで、しみじみと幸せな気持ちになれる。
触れた瞬間、わかった。これはちがうほうだ。
ドアにかけていた手を取られ、冷蔵庫に体を押しつけられていた。
「ぐちゃぐちゃに壊してって」
「言ってないし」
息継ぎのタイミングで照れ隠しの言いあいをするものの、すぐにしゃべれなくなる。
じわじわと煽ってくる圧倒的な熱に目まいがする。
「あー、沁みる…」
長いキスのあと、秋葉は鼻をすりつけ、まどかの髪の匂いを嗅ぐ。
「いつまで拒まれんのかと思ったら、ひと月って。エグイから」
「はあ…スミマセン」
今日はなぜか謝ってばかりだ。
そういえば彼女いなかったっけ。
他に大事な女ができたと伝えて、とうの昔に破局済みだという。
「ふーん、て。ひとごとかよ」
目をそらすなと注意される。
***
「適当に見つくろったうちのひとり?」
「え」
「何ややこしい男、簡単に家に上げてんの?」
たたみかけるように言われ、混乱する。
「ちがう。秋葉覚だから、頼りま…した」
追い詰められると人は敬語になるものかと、まどかは妙な感慨を覚えた。
陸の居場所を聞かれ、ベッドの下だと伝える。
知らない人間に対する愛猫の警戒心の強さは、見習うべきかもしれない。
飲みかけのカップをふたつともシンクに置くと、秋葉はまどかを抱え上げ、
ダイニングテーブルに座らせた。
「今日から、駆除係は秋葉覚一択。陸が受け入れるくらい、通い詰める」
断言するので、まどかはつられてうなずいた。
「あ…でも、つきあえない」
眉根を寄せられおびえつつ、好きという感情がわからないと、意を決して白状した。
「絶対だめになる自信ある。そうなるのいやだ」
みずからを落ち着かせるように深呼吸した秋葉は、両腕をまわし、まどかの喉や鎖骨に舌をあてる。
「いやいや、今断ったよね?え、なんで」
恋人になるのを拒絶しているのではなく、関係が壊れるのをおそれている。
それが彼にはたまらなかったらしい。
***
「え…ここで?」
「大丈夫。持ってる」
その用意周到ぶりに、あきれるべきか感心するべきか。
まどかが考え込んでいるうちにコトは進み、あっさりと意識をとばされた。
「おなか減ってたんじゃ…」
「そう。だから食事中」
スムーズにソファに移動した狩人の目は、なおもギラついている。
泥酔情事のときも、体じゅうに警告音が鳴り響いたことを思い出した。
死に物狂いで逃げたつもりなのに、なぜこうしてまた捕まったのだろうか。
ギリギリまで体温が上がり、頭の中がかすんでくる。
熱がこもってしかたないので長く息を吐き出すと、それすら味わうように唇で閉じ込める秋葉に、お手上げだ。
悲しいかな、体力はあるほうなので、消耗戦でも受けて立てるのだった。
「だめ、よびすて」
仕事でバレるのだけは、避けたい。
「冷静か」
(つづく)
▷次回、第10話「まどか、質問攻めにあう」の巻。
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