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あすみ小学校ビレッジ ⒔千の種をまく 連載恋愛小説

干し草の香ばしい匂いが中庭を包む。
処理しやすいよう、刈った草をひろげて乾かしているからだ。
めずらしく難しい顔をしている龍次に、なにか問題でもあるのかと泉はたずねた。

「あー、うん。ハイジになれるほどの量じゃないなあって」
干し草の山にすっぽり埋もれて眠る、アルプスの女の子。
「ふざけてんのかって、よく言われる」
残念そうに見やる横顔に、泉は笑ってしまった。

明日海市の公式サイトや市報で告知はしたが、地元の新聞に取り上げてもらったのは大きかった。
連載特集を組んでくれ、廃校舎でのビオトープ作戦は大反響。クラウドファンディングの目標額を楽々と超え、晴れて着工となったのだった。

あとでオサムに聞いたところ、あすみを離れた同級生が大口の寄付金を出してくれたという。
「ふるさとに活気が出ると、うれしいからって」
地元とつながっていたい。こちらの新聞を定期購読しているひともすくなくないのだとか。
いくつになっても、こころの中心にある場所。
「ふるさと」という言葉の奥深さに、泉は胸が熱くなった。

森下千種がまた転職するという。フリーランスで企業や行政のブランディングを手がけるビジネスをはじめると。
あたりまえすぎて気づかない、その土地ならではの魅力を掘り起こす。
国内には「消滅可能性」のある自治体がわんさか存在し、引く手あまたなのだ。
「やんごとなき大人の事情だ」
「……そのこころは?」

「なんか飽きた。あすみは好きだけど。新鮮味に欠けるっつーか、もういいかなって」
障害があるほど燃えるタイプは、つねに刺激を求め新しい世界にアンテナを張っている。あとは任せた、といとも簡単に丸投げ。
フィルムオフィスをやめたときも、こんな軽い感じだったのかもしれない。

千種がいなくなることがなにを意味するのかいまいちピンときていなかった泉だったが、しばらくすると猛烈な不安の波が押し寄せてきた。
9月には次なるミッション・夏祭りが待ちかまえている。
「どうした、いづみや。悩んでないで、まず動け?ハナシはそれからだ」

泉が二の足を踏むたびに背中を押してくれる、いつものセリフ。
「いづみや」の名付け親にかかると、なんでもできそうな気がしてくる。
頭の中でグルグル考えているだけでは、一歩も進めない。

「千種さんみたいに、あれもこれも同時にできな…」
わかっていても、つい出てしまった弱音。
「できないことを並べるより?」
「…自分ならどうするかを考える」

知らぬうちに千種イズムをすり込まれていた。
「よくできました」と千種は鼻歌まじり。
後任は未定。どこかから引っぱってくるのか繰り上げで適当に決まるのか。
どちらにせよ、陰の局長は泉だと仰せつかる。

「わかりました。そんなたいそうな役はできませんが、現場のことはわかっているつもりです。千種さんの知見をできるかぎりデータに残していってください」
なに言ってんだ、と彼女はケラケラ笑う。
「もうそのミッションは完了した」
千種は泉の頭を指差し、ニヤリとした。

(つづく)

#恋愛小説が好き #私の作品紹介 #賑やかし帯

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