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便利屋修行1年生 ⒐朝焼けの接触 連載恋愛小説

「素行調査って…この人部屋出ないですけど」
張り込みと聞いて綾は意気込んでいたのだが、実態は1日中対象者のマンションをのぞいているだけ。
巻かれないように尾行とかするのかなー、とワクワクしていたのだけど。
「引きこもりの度合いを見ろってことだろ」

夜中に動きがあった。女の人が訪ねてきたのだ。
「リア充ですかね」
「店の人間はいなさそうだな」
沢口いわく、派遣サービスの人間なら車が待機しているとのこと。
これは、仮眠なんか取っている場合じゃない。
なぜそんなに楽しそうなのかと、怪訝けげんそうに聞かれた。

「えーと、兄がふたりいまして。ちいさい頃から蝶よ花よと構ってもらって。それでたぶん、自己肯定感が高いんです。根っこのところは」
思春期には周りが見えてきて、自分はお姫様じゃないと手ひどく思い知らされるできごとがあった。

「あ…すみません。変な話して」
今日はなぜか居心地が良くて、ペラペラしゃべってしまった。
シラフの沢口は、兄たちとどこか似ているんだろうか。

***

早朝に対象者が外出した。彼女を駅まで送っていくためだ。
尾行から戻ってきた沢口に、ハイタッチを無理強いする。
「リアル彼女でしたね。やった」
「喜ぶとこ?」
視線を感じて見上げると、彼は柔らかくふっと笑った。

「え…今の、リアルですか?」
依頼人と顔合わせの際、沢口慶は極上の作り笑顔を見せる。ほがらかで自信たっぷりの。
はじめて目の当たりにしたとき、綾は人間不信に陥りそうなほどの衝撃を受けた。

「詐欺師だなと」
思ったままを口にしてしまうのも、幼少期からのクセだ。
沢口があっさり真顔に戻ったので、怒らせたかと焦る。
「それくらい美しかった、って意味です」

言われすぎてへきえきしているのか、外見をほめられるのはえるとのこと。
たたずまいからして色気ダダ漏れです、と面と向かって言うのは、さすがに気が引ける。

どのあたりがいいのかと促され、綾は手を伸ばす。
あごから耳にかけての輪郭かなあ。目を閉じた鼻筋もいいかも。総じて骨格か。
なんで普通にさわっているのかと、我に返った。
寝ていないせいで、判断力がおかしなことになっている。
謝りながら離れようとして、つかまれたままの手首が動かないことに気づく。

朝焼けの光が、空中にちらつくほこりを幻想的に染める。
ごくゆっくりとまぶたを上げるそのしぐさに魅入られ、こまかいことはどうでもよくなった。

***

「ザイマース!」
元気いっぱいに秋葉が登場。
「綾ちゃん、ごめんねー交代遅れて。お肌に悪いでしょ」
夜11時以降にまどかに連絡を取ろうもんなら、ブチ殺されるらしい。

「あれ?いないじゃん。どーなってんの?」
夢でも見ていた気分だ。
「隣の部屋見てどうする」
「なんか怒ってます?慶さん」と秋葉。

差し入れの朝食に誘われたが、その場から無性に逃げたくなって断った。
目を合わせづらいのに、沢口に呼び戻される。
うつむきがちで近づくと、「おつかれ」と頭に手を置かれた。

「ん?眠い?」
しれっとのぞき込んでくるのは、大人の余裕というやつだ。
だいたい、されるがままにさわらせる心境がわからない。
「…動揺してないです」
綾の顔を数秒見つめたあと、吹き出す沢口。
一晩で二度も、リアル笑顔をお見舞いされてしまった。

(つづく)

5/21は探偵の日だそうです

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