「OCEAN!!」1話 創作大賞2024用に新たにページを作成しました

#創作大賞2024
#オールカテゴリ部門

♦あらすじ

あんなにも大好きだった水上バイク……。なんて過去形で言っているが、今でもやっぱり諦められない主人公の湊也。
出場している競技会では思うような結果がここのところずっと残せず、今回も慣れているはずなのになぜか今回はいつも以上に落ち込んでいた。
どうすればいいのか自分でもよくわからなくて悩んでいた湊也のことは、湊也の周りにいる仲間も、うすうす……というかほぼはっきりと気づいていた。
そこで周りの仲間は湊也を何かと気にかけ、
湊也はそこで背中を押され、あることを決心するのだった


♦第1話
1、自分と水上バイク

今僕が乗っている浮き輪を“トーイングチューブ”と呼ぶのだということは、あとから初めて知った。
「湊(そう)くん、怖かったら目、つむって大丈夫だからね。」
 となりに座っている母さんが僕の横顔をのぞきこんで、心配そうに言うけど、僕はワクワクしていた。
 僕の右端には母さん、左端には父さん、僕は真ん中だ。
 「父さん!あのバイク、すごくかっこいい!!」
 「おぉ!湊也(そうや)もあのかっこよさをわかってくれるか!湊也、あれは水上バイクっていうんだよ。」
 父さんの喜ぶ笑顔が、太陽に照らされてまぶしい。ここまでの父さんの笑顔を見たのは久しぶりだ。
 「水上バイクって、見た目も名前もかっこいい!」
僕がそう父さんと母さんに向かって言うと、水上バイクを運転するさわやかなお兄さんが僕に話しかけてくれた。
 「僕、水上バイクは初めてかい?」
 「うん!」
 僕はこのとき、今までしたことのないような明るい笑顔だったかもしれない。
 「この子、海自体が今日初めてなんです。私の方が、なんだか小さい息子を海に連れてくるのが怖くて。……でももう少し小さいうちから連れて来てあげられればよかったって、少し後悔してます。」
 「そうですか。なら、今日は俺が最高の思い出をお届けしますよ!お母さんの後悔を吹き飛ばすくらいに。」
 そう言うと同時にお兄さんは水上バイクをものすごい勢いで動かし始めた。そのスピードはジェットコースターよりもさらに速く。
 「キャァ――――――!!」
 「わぁぁぁぁ――――――!!」
 僕は思わず目をつむってしまった。
 少しだけ怖かった。だけど、スリルがあってすごく楽しい!
 あぁ、さっきまで僕が遊んでいた砂浜がすごく遠い。
 「湊也、目を開けてごらん。」
 父さんの優しい声がして、ゆっくり目を開ける。
 するとそこには、今まで見たことのない世界が広がっていた。
きらきらとした海と燦燦とした太陽、そして僕たちを横切る風。
“風を切る”ってこういうことなんだ……!
僕はただただ感動していた。
小1の僕には、この感動を、この今の気持ちを言葉でどう表せばいいのかわからない。
だけど、僕には1つ、どうしても言いたいことがあった。
水上バイクの音に負けないくらいの声で叫んだ僕の声は、まるで将来の僕にまで届くようだった。
「僕、いつか水上バイクに乗って、風を切りたいっ!!」


俺は夢を見ていたみたいだ。
自分のことをまだ“僕”と呼んでいた小1だった頃の。
いつからだろう。俺が、青空の下で楽しんで海風を切れなくなったのは。
少なくとも始めたばかりの頃はそうじゃなかった。
水上バイクの免許(特殊小型船舶操縦士免許)を取って、競技に参加するための連盟のライセンスを取って……、大変なこともあったけど、これで水上バイクに乗れるようになるんだって思ったらワクワクしたし、どんなにしんどくても頑張れた。
競技大会に参加しようとするようになったからかな。
初めは競技会も楽しかった。
でも今は競技会に出れば周りの人間のスピードや実力に打ちのめされて――――――
俺、やっぱり水上バイク向いてないのかな。
そんなことをぼんやり考えていると、朝っぱらからスマホが鳴る。
こんな時間から俺に何の用だ?
 若干朝からスマホの通知に不満を抱きながらも、メッセージアプリを開く。相手は同じ大学の友人であり、中学も一緒だった成(なり)谷(や)李(り)久(く)だった。
 《おはよー。今日は大学来るよな?大会で負けたからって、休むのは1日までにしろよ。湊が好きなカツサンドおごるからさ》
 りっくは俺の母親かよ。
 思わずそうツッコんだが、りっくなりに俺のことを心配してくれているのが目に見えてわかる。
日曜日が競技会で、月曜日はその休息と落ち込みがひどくて休んだからなぁ。
競技会で勝てないのはいつものことながら、今回はなぜかいつも以上に落ち込んだ。
勝てそうなメンバーだったのにな。俺が精一杯全力出して頑張っても、けっきょく何かミスをしてしまって勝てやしない。
もっと俺が高い実力を持っていれば……。あーくそぉ。

昼休み――――――
俺は大学の食堂で、りっくと向かい合って座っていた。
「俺のおごりのカツサンドはうまいか?にしても、相変わらず湊って好きな食事がおしゃれというか、よくそれで足りるよなぁ。」
「別にいいだろ……お前は食べ過ぎなんだよ。」
俺の前には、りっくがおごってくれたカツサンドと自分で買ったハムとサラダのサンドイッチ。それとカフェオレに対し、りっくの前にはカツ丼と冷やし中華、シュガードーナツ、コーラ、とまぁ俺の倍以上食べている。あと本人には言わないが、栄養バランスも少々悪い気がする。
 「水泳してる俺にはこれくらいなきゃ足りねぇんだよ。知ってるか?水泳ってけっこうカロリー消費してさ、まぁ体重にもよるけど、例えば俺が60kgで普通の速さでクロールを泳ぐとしよう。そしたら1時間泳ぐだけで500㎉は普通に消費するんだぞ?俺はいつも大学の講義のあと、3時間くらいは泳ぐ。クロールだけじゃないけどな。そしたら単純計算1500㎉以上は消費するってことだ。」
 どうだ!とでも言わんばかりのドヤ顔を見せつけられた俺は、あやうく飲んでいたカフェオレを吹き出しかけた。
 「そのドヤ顔やめてくれるか?今俺、マジでカフェオレお前に吹き出しかけそうだったんだが。あと水上バイクも1時間くらいやれば400㎉以上消費するんだからな。」
 「じゃあもっと食べろ!ウォータースポーツ民には、もっとスタミナと栄養が必要だ!」
 「栄養はりっくも人のこと、言えないだろ!」
 俺のことを指さして、格好つけるりっくに思わずツッコむ。
 「俺は朝と晩、母ちゃんが用意してくれるからいいの。でもお前は独り暮らしなんだろ?っていうか湊、今日初めて笑ったな……。」
 「え……」
 不意打ちに、“初めて笑った“と言われ、返事に困ってしまう。
 今日の俺、一度も笑ってなかったか?
 たしかに大学の講義のときは笑うタイミングなんてどこにもないが、休み時間はりっくと普通に話していたはずだ。
 「お前、今日ずっとうわのそらだったぞ?思い悩んでるって感じでさ。昨日も普段休まない湊が休むし。」
 「あぁ、そうか。昨日は休んで悪かったな、りっく。」
 普段と変わらないように接してくれているりっくであるが、朝のメッセージのようにやっぱり俺が大学に来た今もまだ俺のことを心配してくれているのだ。
 「謝ってほしいわけじゃなくてさ、昨日は湊にとって必要な休息なんだから休んでよかったんだ。たださ……湊が悩んでるんだったら俺に頼ってほしいってこと。その分、俺も湊のこと頼るしさ。」
 「……」
 俺は、なぜかりっくに返事ができなかった。
 もちろんりっくの優しさや気遣いは嬉しい。しかし、まだ俺の今の心をりっくに伝えることはできない。
 「無理に俺も話してほしいわけじゃねぇから。湊が俺に話したいって思ったときに言って。その代わりにさ、湊が水上バイク始めた理由教えてくんない?俺ずっと謎だったんだよなぁ、湊がなんで水上バイクをやってるか。水上バイクって珍しいし。」
 「りっく、ありがとな。それと俺が水上バイク始めた理由、それは……」
俺が、水上バイクを始めた理由――――――。
それは、今日夢に出てきたあの出来事がきっかけだった。
小1だったか、俺と母さんと父さんと家族3人で海へ行って、トーイングチューブに乗ったとき。ジェットコースターみたいだけど、それとは違う感覚で、目の前にはそこでしか見られないエメラルドに輝く海の色、そこでしか感じられない風があって、なんというか……とにかくその景色に感動したんだ。それと、トーイングチューブを引っ張るための水上バイクに乗っているお兄さんがきらきらしていたから。
“今日は俺が最高の思い出をお届けしますよ”
あのときのお兄さんの笑顔といったら、すごかった。そして何より本当にこの言葉のとおり“最高の思い出”を俺に届けてくれた。有言実行って、こういうことなんだってあのとき初めて知った。
だから今思えば、あのとき俺が“いつか水上バイクに乗って、風を切りたい”と言ったのには、“お兄さんみたいに有言実行して、最高の思い出を誰かに届けたい”という意味もあったのかもしれない。
じゃあ今も競技会に出場せずに、海で観光客のために水上バイクに乗っておけばいいじゃないか。俺だって、そう思ったこともある。だがそんな俺が今、こうやって競技会に出て周りと競う道を選んだのにも、ちゃんと理由がある。
“あのお兄さんがかつて今の俺と同じように、競技会に出て周りと競っていたから。”
 “なんだ、そんな理由か”そう失望するのも無理はない。俺も、なんでこの道選んだんだって後悔するときも多い。でも、俺にとってそれくらいあのお兄さんは、特別な存在なのだ。
俺とあのお兄さんは、あの日以降すごくよく話すようになっていた。あのあと、お兄さんが俺に気さくに話しかけてくれたりたくさん遊んでくれたりして、俺は1日も経たずしてお兄さんのことが大好きになった。そして、まるで俺にとって歳の離れたお兄ちゃんだった。同時に、お兄さんは俺の理想でもあった。だから今もこうやってお兄さんを追いかけている。
「なんかすげぇな。出会いは人を変えるって本当なんだな。湊の水上バイク物語がそこにあったわけだ。“湊の水上バイク物語”って言ったら、昔俺らが小さいときにドキュメンタリーであった“結城(ゆうき)海(かい)誠(せい)の水上バイク物語”をパクってるみたいだけどさ。」
気がつけば食堂には、俺たちのほかには指で数えられるくらいしかいない。
もうすぐ午後からの講義が始まるからだ。幸い、俺たち2人とも午後からの1コマ目は何も講義は入っていないので、まだゆっくり話せる。
「そんなにすごいわけじゃねぇよ。けど……俺が水上バイクの道を選んだのは、間違いなくお兄さんのおかげだよ。元気かな……。」
 「元気かなって、湊とそのお兄さん、最近会ってねぇの?」
 「まぁな。実は俺とお兄さんは俺が中学を卒業後一度会ったきり、それ以来会っていないんだよなぁ。」
 俺の話にこんなにも感動されるとは正直1ミリも思っていなかった。
 “湊の水上バイク物語”とまで言われると、すごく壮大な感じがするが、まあ単純に俺はお兄さんと
出会って水上バイクに興味を持って、今に至っているってことだ。
 「は?ってことは、今2年生だから4年は会ってないってことだよな?なんで会わないわけ?」
 なぜ俺がお兄さんに会わないか、それは聞かれたくない質問だったかもしれない。
 特に考えたこともなかったのか、あるいは考えないようにしていたのもある。
 「さあ、なんでだろうな。連絡先は知ってるから、会おうと思えば会える。……格好、悪いところみせたくないからかな。あと、いい結果を報告したいから。」
 りっくの方を見ると、なぜかりっくは複雑な顔をしていた。
 「そっか。まぁプライドってものもあるもんな。でも俺だったら、こういうときこそ会いに行く。」
 「どういうことだ?」
 「色々と思い悩んだとき、そういう自分が理想としている人というかそういう人と話したら、何か見えてくるときってあるじゃん?結果として、解決はしていないけどなんか自分の気持ちの持ち様が変わるとか。けど湊のその気持ちもわかるんだよ。だから気の利くというか上手いことは言えないけど。」
 りっくの言いたいことがひしひしと伝わってくる。
 俺は、どうするべきなんだろうか。。
 「まっ、これはあくまでも俺の考え。決めるのは、湊だからさ。じゃあ俺は次の講義までまだ時間もあるし、図書館で勉強してこよっかな。発表しないといけないのもあるし。湊は?湊はこのあとどうする?」
 「俺もレポート作成あるし、図書館に行くつもり。その前に自販機で飲み物買ってから行こうかな。」
 「りょーかい!じゃっ俺、先行ってるな」
 りっくも俺と同じように、上手くいかなくて悩むことってあるのだろうか。
 でもりっくなら、もしそんな壁にぶち当たっても自分なりにすぐに乗り越えられるだろう。
 これはただの俺の想像でしかないが、そう思うと俺はりっくがうらやましかった。



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