「OCEAN!!」4話



4、思うままに
空港の外に出ると、強めの風が俺を出迎えてくれる。
海誠さんからの返信で、来るように指定された場所は千葉から飛行機で約3時間ほど離れたところにある沖縄だった。正式には沖縄県宮古市、つまり宮古島だ。
それにしても、予約するのが4日前?5日前?だったのによく飛行機の座席を確保できたものだなぁと思う。
最初返信が来たときは、どうしようかと思ったが飛行機もホテルの方も1泊2日分ちゃんと確保できたので、一安心だ。ちなみに予約したホテルは、最近できたリゾートホテルである。
小1のあのとき俺と海誠さんが出会ったのは、千葉の海だったんだけどなぁ。
しばらく会っていないうちに、引っ越しているなんて考えもしなかった。それも千葉から宮古島だなんて。
ロータリーでタクシーを捕まえて、運転手に目的地を告げる。
「あいよ。うば、1人?」
“うば”というのは“あんた”とか“君とかという意味だろうか。”乳母“とは全く関係なさそうだ。
「はい。会う約束をしている人がいて。」
「それは、うむやー?」
今度こそは意味がわからない。
聞き慣れない宮古島の方言を理解するのは、相当な能力を必要とするぞ、これ。
 母さんが宮古島に何度か行ったことがあって、宮古島の人は気さくで話しやすい人だとは言っていたが、まずは方言を理解しなければいけない。
 「えーっと、それってどういう意味なんですか?」
 「それは恋人かって聞いたんだよ。」
 さらっと言った運転手の一言に俺は一瞬心臓が止まりそうになった。
 「違います、違います!ちょっとした憧れの人です。」
 俺がそう否定すると、運転手は“ははっ”と笑う。
 「いいねぇ、若いっていうのは。関東の人?ばんはもう長く宮古に住んでるさーよ。だから方言多いけど、ガマンしておくれぇね。ばんも気をつけてんだけどねぇ」
 最後の言葉を標準語に直せば“自分はもう長く宮古島に住んでるのね。だから方言を話すことが多いけど、ガマンしておくれ。自分も気を付けているんだけど。”だろう。
 窓の外を見ると、さとうきび畑が永遠と続いている。
海誠さんは田舎である宮古島で何をしているというのだろうか。
 「着いたさぁ。いい思い出作ってね。」
 宮古島自体が小さいからか、タクシーに乗っていた時間はわずか15分。
 「ありがとうございました。」
 運転手に料金を払って、タクシーを出ると今度は海風が俺を出迎えてくれる。どの風も“んみゃーち”と宮古島の方言で“いらっしゃい”と俺に言っているみたいだ。
 どうやら今日は風が強いらしい。
 昼食、機内で済ませておいてよかったな。
 そんなことを考えながら、ビーチを散策していると懐かしい人影が見えた。待ち合わせ時刻まであと10分もあるというのに、俺を出迎えようと早めに来て待っていてくれたのかもしれない。
 向こうも俺に気が付いたらしく、俺に向かって手を振ってくる。
 「海誠さんっ!」
 歩いているのがもどかしくなって、俺は彼のもとへ駆け寄った。
 「久しぶりだな、湊也。だいぶ身長も伸びたなぁ。」
 「当たり前ですよ。もう4年も会っていなかったんですから。」
 「そっかぁー。俺と海誠、4年も会っていなかったのかぁ。この前さ、久しぶりに湊也からメッセージ来て嬉しかったよ。」
 海誠さんが透き通ったエメラルドの海を見て俺に言う。
 「急に送って迷惑じゃなかったですか?」
 すると海誠さんは俺の頭をくしゃくしゃとかき回して笑った。
 「迷惑なんかじゃなかったよ。むしろさっきも言ったとおり本当に嬉しかった。なんせ連絡さえ4年もくれなかったんだしな。こっちから送ることも考えたこともあるんだけど、湊也にも色々事情があるんだろうと思ってさ。……湊也もいつの間にか大学生かぁ。最近はどうだ?」
 「何もかもが上手くいかなくて、毎日苦戦しています。」
 こんなにも素直にさらけ出せるものだろうか。
 峰倉とのときもたしかにさらけ出したが、あれは感情的になってしまったからだった。だが、今は違う。
 「なんでそんなにまた悩んでんだよ。ずっと乗りたかった水上バイクに乗って、周りと切磋琢磨してんだろ?」
 4年ぶりに会った相手に弱音なんて吐けない、格好悪いところなんて見せたくない、そう思っていたはずなのに、海誠さんの変わらない声を聞いたら、俺はもうガマンができなかった。
 「俺、水上バイク乗り始めたときは、念願の水上バイクに乗れてすごく嬉しくて、ただ楽しんでいるだけだったんです。競技会に出るたびに自分のタイムが速くなっていっていることが嬉しかったり、それで一度優勝もしたりして。でも、それがだんだんと周りの人間と対等に戦えなくなってきたあたりから……いや、周りに勝てないことはよかったんです。けど、練習で上手くいっていたことが本番でできなくて、どんどんタイムが落ちていって、純粋に楽しめなくなった。頑張っても頑張っても結果が出なくて……そしたら俺って水上バイク向いてないのかなって思えてきて……」
 「自分が嫌になる?」
 「嫌になるというか、本当にこんなのでいいのかなって。親にも金銭的な面で迷惑かけてるわけじゃないですか。だから親にも申し訳ないし、これでいいのかなって。」
 話しているうちに、だんだん俺自体も何が言いたいのかわからなくなってきた。
 俺がこんなこと話したって海誠さんはつまらないだろう。それなのに俺は話しているのだから、これこそ迷惑だ。そう思っていたのに、海誠さんは俺の話をずっと聞いてくれていた。真剣なまなざしを俺に向けて。
 「これでいいのかを決めるのは湊也、お前自身だよ。ちなみにそのこと、親には話したのか?」
 「話してません……。」
 「だろ?ということは、少なくともお前は水上バイクを離したくないわけよ。親に話せば“やめたら?”と親に言われるかもしれない、お前はそれが嫌だった。違うか?」
 海誠さんの言葉に俺はうなずく。
 今考えれば、普通は悩んだとき真っ先に親に頼るだろう。俺ならそうだった。しかし、今回俺は親に一度も言わなかった。
その理由は……海誠さんの言うとおりなのかもしれない。
 「頑張ったら頑張った分だけ、それは理想だ。だから仮にさ、湊也がやめたかったらやめてもいい。挫折して諦めてもいいわけよ。これで終わりってわけじゃないんだから。でもやめたくないんだろ?」
 海誠さんの言葉に、はっと気付かされる。
 競技会で結果が残せなくても、周りの人間にどれだけ打ちのめされても、上手くいかなくても、……何があっても俺は水上バイクに乗ることをやめたくないんだって。
 俺は海誠さんに大きくうなずいた。
 「なら、頑張るしかない。」
「もしさ、頑張って失敗したとしてもさ……頑張ったことは失敗じゃないな……それは無駄じゃない。それって自分のものになるだろ?」
 海誠さんも色々と経験して努力したのかもしれない。
 一見したらきれいごとに聞こえる海誠さんの言葉は、1つ1つが輝いていた。
 「だから俺さ、思うんだけど、湊也は悩み方が悪い。」
 単刀直入に言われて、俺は何も言えなくなった。
 “悩み方が悪い”だなんて、初めて言われた……。
 「悩むのは悪いことじゃねぇよ。悩んで答えが見えてくることもあるからな。だ・け・ど、お前の場合は悪い方向に悩みすぎだ。それと頑張りすぎ。それだからお前の今の心は大丈夫じゃないんだ。不安とかも消してしまえ!不安を消すって難しいと思うだろ?違うんだよ。人間、不安じゃないって思い込んだら不安じゃなくなるんだよ。人生、何をするにしても体のコンディションも心のコンディションも大切だ。……目標持つのはいいけど、根詰めすぎんなよ。少しずつ少しずつ。」
 今まで俺は“悩みすぎだ”とは何人もの人に言われてきた。“そこまで悩むな。悩んだってどうにもならない”、実際俺もそう自分に言い聞かせてきた。
 だからだろうか。“悩むことは悪いことじゃない”、そう言われて心がふっと軽くなった。
 「今まで俺“悩むな”、“溜め込むな”って何人にも言われてきて、どうして俺はこんなにも悩むんだろうってずっと思ってました。今だってそう……。」
 「出た、完璧主義。みんな溜め込んでると俺は思うよ。それに、どの性格にもメリット、デメリットあるんだって。お前はさ、その悩む性格をデメリットとしてしか受け止めていないだろ。逆にそのお前の直したい性格はメリットでもあるんだよ。お前はいっぱい考えて物事をよりよいようにしようとしているじゃないか。」
 「え……」
 「人の性格とか人柄とか、人の中身を変えるのはすぐには無理だ。けど俺はその性格、直さなくてもいいと思うけどな。まぁ、お前がどうしてもこの性格を直したいって言うんなら、俺は応援するけど。俺はお前のその性格けっこう好きだけどな。」
 どうしてこんなにもさらっと格好いい言葉を言えるのか、俺には不思議でたまらない。
 さりげないこの言葉が……海誠さんの笑顔が俺の心を癒やしてくれる。
まるで、俺を必死にもがいているところから救い出すように。
「なんで海誠さんは、そんなにも生き生きとしているんですか?」
 これはいつかずっと聞きたいと俺が思っていたことだった。どこで聞くべきか俺が海誠さんと出会ったときから考えていた。
 「さあなんでだろうな。でもまぁ、思いまま生きて、思ったことを言っているからかな!だから俺、急に宮古島に引っ越してるだろ?」
 「そうだ、それ!海誠さん、こんな田舎の宮古島で何してるんですか?」
 “思いのまま生きて、思ったことを言っているから”か。
 海誠さんらしい。宮古島に急に引っ越したのも、海誠さんなら無理もないのかもしれない。
 「中学校の体育の先生だよ。」
 「あ、えぇ!?海誠さん、教員免許なんて持ってたんですか!?」
 「まあな。」
 宮古島に引っ越していたのも驚きでしかなかったが、まさか教員免許まで持っていてここで先生をしているとは……。
 海誠さん、俺を驚かせすぎだ。
 「なんでまた先生を……。」
 「将来の自分を夢見たり、将来に悩んでいる子どもたちに生きている上での発見とか学びとかをさ、経験として1人1人に渡したかったからだよ。それに当時の俺には水上バイクしかなかったから。」
 “水上バイクしかなかった”、それだけではダメだった?
 「水上バイクだけだったら、水上バイクができなくなったときに俺は何もなくなるだろ?もっとほかのことにもちゃんと自分が好きだって堂々と言えるものを作りたいって思ったんだ。色々なことを10%10%10%でやっていけば、自分に何もなくなるっていうのはないからさ。」
 「海誠さんにとって、水上バイクが全部じゃないんですか?」
 「昔はそうだった。水上バイク以外には何もいらないって思うほどにな。現役引退して、観光業で働いて、そのあとは水上バイクをやっている若者のコーチをしようとしてたんだけど、ある日今の湊也みたいに本当にこれでいいのかって思ったわけよ。観光業っていうのは、お前と俺が出会ったときだよ。それで水上バイク以外に何がしたいかって考えたときに思いついたのが、この教師。水上バイクにもずっと乗っていたかったけど、それは
休日にでも乗れるかって思ってさ。」
 海風に吹き付けられて、海誠さんは“ふっ”と笑う。
 「気の利くようなことは言えないけどさ、俺ですらも色々考えてるんだから、湊也も色々考えてみたらいいんじゃないの?あと得意に誇りを持て。……湊也の思うままに生きてみてさ、それでまた上手くいかなかったら、俺に言いにおいで。周りの人間に頼るのもありだしさ。」。
 やっぱりすごいや、海誠さん。
 こうやって生き生きとした姿、安心感で俺を包み込むような笑顔、さらっと格好いい言葉を発するところ、海誠さんの全てがこうやって俺を励ましてくれる。
 海誠さんのそんなところにも、俺は憧れているのかもしれない。
「頑張れよ。」
海誠さんがポンっと俺の背中をたたく。
その感触が俺を一歩前へ進ませてくれたような気がした。
悩んだっていい。俺の思いのまま日々と向き合っていけばいいんだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?