「OCEAN!!」5話(最終話)


5、海風に乗って

俺はただ無我夢中になって水上バイクを走らせていた。
 こんなにも楽しいと思いながら、海を走るなんて本当に久しぶりだ。
 久しぶりの爽快感に、俺はただただ感動と興奮しかなかった。
 「ほーんとっ、この前の湊也はなんだったんだって感じ。日曜日なのにいないなーって思ってたら、勝手に会いに行ってるしさぁ。」
 日曜日と月曜日の一泊二日の宮古島旅行から帰ってきて、今日は水曜日。昨日は大学の講義が多めにあり、練習できなかったので、峰倉と会うのは3日ぶり。なのだが、俺が峰倉と顔を合わせてから、峰倉はずっとこんな調子で、少し機嫌が悪い。
 「海誠さんに会いに行けって言ったのは峰倉だろ。」
 「いや言ったよ……言ったけど、そんなにすぐ会いに行くとか思ってないし。」
 あのときの峰倉、“一刻も早く行け”みたいな感じだったぞ?
それをその言葉で返されると、峰倉に返す言葉に悩む。
「私も海誠さんに久しぶりに会いたかったぁ!しかも宮古島でしょ!?湊也はずるい!」
お前は小学生か。大学生に1ミリも見えないんだが。
本当に峰倉は昔からほとんど変わりやしない。
だが、その変わらない峰倉を見ていると、自然と安心できるということを俺は否定しない。峰倉に助けられていることも実際俺は多いのだ。かといって、峰倉本人にこんなことを言うつもりなど、一切ないが。
「俺、水分とってくる。」
 そう水上バイクを砂浜に向けて動かした俺のうしろでは峰倉がまだ何か叫んでいる。
 「逃げたなぁ!このぉ。……まっ、いいや。私も水分とるし。」
 なんだ、それ。
 そんなこんなでけっきょく2人で砂浜に戻ることになり、2人並んで水分補給していると誰かが、歩くのでも歩きにくい砂浜を走ってくるのに気が付いた。
 「おーい、湊!楓ちゃん!」
 「りっく!」
 「李久!久しぶりぃ!」
 りっくが来たことで、中学時代のいつメンがそろうことになる。
 「いつの間に湊と楓ちゃんってそんな関係だったんだ。お似合いだなー。」
 「「そんなんじゃないっ!ただの幼なじみっ!」」
 思いがけずハモったことで、俺と峰倉はお互い顔を見合わせる。
 「かっ、勘違いしないでよね。今のはたまたまだから。」
 「で、りっくは何の用だ?」
 「湊がどうかなーって思って。憧れの人に会いに行ったんだろ?それなのに大学で何も話してくれないからさ。」
 それでわざわざここまで来てくれたのか。
 謎に顔を赤らめている峰倉を差し置いて俺が尋ねた質問に対するりっくの答えは、全く予想にもなかったことだった。
 りっくの家はこのあたりだが、ここの海からは少し離れている。水泳もやっていて、本当なら今日も練習できるところを今日はやめて、俺の様子を見に来てくれたのだ。
 「ありがとな、りっく。それと峰倉も。」
 「へっ!?……わ、私!?」
 さっきから顔を赤らめたり、突然驚いたり、なんだよ……。
 峰倉の反応に内心ツッコミを入れながら、俺は言葉を続ける。
 「ここのところ俺、水上バイクというか全然上手くいかなくてさ、どうしたらいいんだろうってずっと悩んでたんだ。競技会でも今までで一番低いような順位で絶望だった。そんな俺をりっくと峰倉は見放さずにずっと見守ってくれててさ、最終的には海誠さんに会いに行けってアドバイスしてくれただろう?俺、そのおかげでやっと海誠さんに会う決心が付いたし、会いに行ってよかったって思ってる。」
 俺が話すのを待ってくれているのか2人からの反応はない。
 ここからが、俺の本番だ。
 やべぇ俺、競技会とか大学の発表のときよりも緊張してるかもしれない。
 こんなので俺、2人にちゃんと言えるのかよ。
 ……いや!もう話し始めたんだからあと戻りはできない。ちゃんと何があっても伝えるんだ、俺。
 軽く深呼吸して俺が話し始めようとしたとき、横から安堵の言葉が聞こえた。
 「湊がそんな風に満足してるなら、俺もよかった。本当は余計に湊を追い詰めてしまったんじゃないかって俺も不安だったからさ。」
 りっく、そんなこと考えてたのか。
 改めてりっくの本心を聞くと、申し訳ない気持ちになってくる。
 でもこのりっくの言葉を聞いたことで、俺の緊張が少し和らいだ気がした。
 「それでさ、しばらく俺、競技会の出場はやめようと思う。」
 「えぇ!?湊也、競技会出ないってどういうこと!?」
 「そっか。」
 やっと言った……!!
 納得ができなくて俺に詰め寄る峰倉とは反対に、りっくは峰倉と同じように疑問には思いながらも何も言わずに俺を認めてくれる。
そんなりっくがいるからこそ、今日ここで俺の決断を2人に話そうと思えたのだ。
 「海誠さんと話してさ、俺なりに色々考えたんだ。考えてみて、競技会だけにこだわらなくていいんじゃないかって。俺は海誠さんに出会って、海誠さんに憧れて水上バイクを始めた。海誠さんと同じ道に進むことが俺の夢でもあったんだ。けど、全く同じ道に進みたいってわけじゃないって気付いた。海誠さんと同じ道に進みたい気持ちがなくなったんじゃないよ。けど、少しそこから外れてみて、広い視野で世の中を感じてみてもいいなって。」
 初めは怪訝そうに俺の話を聞いていた峰倉も途中からは納得した様子で耳を傾けてくれていた。
 だから俺は、ここで話を締めくくろうとしていたのをやめて、もう少し話させてもらうことにする。
 ここまで話したなら、もう全部話してしまおう。
 自然とそんな気持ちになっていたのだ。
 「競技会に出たら出た分だけ、俺は周りの人間との実力を思い知らされて打ちのめされて、本当はしんどかった。そしたら俺は水上バイクを純粋に楽しめなくなった。勝つことだけを考えて……周りと対等に戦えることだけを考えてさ、俺が水上バイクやる意味って、よくよく考えたらそこじゃないんだよな。嫌なことがあっても水上バイクに乗ることで吹き飛ばせたり、“明日も頑張ろう”って思えたりできるようにするためにやってるんだ。それと何よりも、純粋に楽しむためだ。それでまた競技会に自分が出たいなって思ったら、また出てみてもいいかなって考えてる。そのときは峰倉と同じフリースタイル競技に参加しようかな。」
 とりあえず2人に伝えたいことを伝えきった俺は、“ふぅ”と一息つく。
 自分のことを話すのって、話そうって決めたのは自分なのにとても体力を使う気がする。といっても、海誠さんの前でなら、何一つ肩の力を入れずに話せるんだけど。
 「へぇ、いいんじゃないの?湊也がちゃんと考えて決めたことなんでしょ。私には止める権利もないし、止める気もない。私は湊也の話を聞いて、応援したいって思ったよ。」
真っ先に口を開いたのは、正直俺は驚いたが、なんと峰倉だった。だが、峰倉の言葉は素直に嬉しかった。
 「湊、もうコーチには話したのか?」
 「うん。少し残念がっているようにも見えたけど、ちゃんと納得してくれた。海誠さんにもこのこと、メッセージアプリで伝えたんだ。」
 「そっか。じゃあこれからは“湊の第二の水上バイク物語”が始まるな。」
 “第二の水上バイク物語”……。
 そう、なのかもしれない。
今までは競技会に出て結果を残すことだけを考えてきた。しかしこれからは違う。
水上バイクに乗り始めた頃のように、日々をいっそう楽しむために乗るんだ――――――。
 「さてっと、俺はもう一度乗ってこよっかな。」
 「私も!」
 2人と陸で話していたのは、たったの15分くらいだろう。それなのに、俺は無性に水上バイクに乗りたかった。
 俺が水上バイクのエンジンをかけて走らせたのと同時に、水しぶきが降り注ぐ。
きらきらとした海と燦燦とした太陽、俺をを横切る風、何よりも俺は海風に乗って走っている。
無性に水上バイクに乗りたかった理由、
それは……
 俺はやっぱり心から水上バイクに乗るのが大好きだからだ。
海風に乗って走るこの感覚が――――――。

                        〔完〕

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