行水

昭和30年の夏。
強い日が照りつける土の上に金盥を置いて水を張って行水している。
父は、白い柳木綿のパンツ姿で盥にかがみ、娘の麦藁帽子を片手で取り上げ、もう片方の手に持つじょうろから娘の頭に水をかけて笑っている。

昭和30年夏

娘はいやがって両手で頭を隠そうとしているが、父はうれしそうだ。
庭に置かれたごちゃごちゃしたもの。
逆さにひっくり返されたみかん箱、
漬物石の上に並んだ下駄、
大小さまざまの真鍮の盥は、冷たい水を嫌がる娘のためにお湯を沸かして母が台所から運んできたものだ。

かがんだ父の向こうに自転車がある。
フィルムを現像焼付けして、なにがしかの金を取るDPE屋の商売を自宅で始めたばかりで、父は日に二度、この自転車で配達していた。
集金の日は売上金を持って、そのままどこかへ消えた。

焼けるような夏の昼、年若い父親と幼い娘にカメラを向ける母の目。
父のしなやかな肉体の影と盥のまるい影がひとつにつながっている。

庭に伸び放題になった草が白くみえる。
草履からはみ出した父の整った足の指が力強く地面を踏みしばっている。


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