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自分らしい働き方、生き方を。「半農半X」という選択

 リモートワークや副業は当たり前、ワークライフバランスという言葉を使う必要もないほどに自らの働き方や暮らしについて深く考える人が増えている昨今。どこで、どのように働き、暮らしていくのか。これは現代人にとって切実かつ大切なテーマだ。そんな中、数多ある選択肢のひとつが「半農半X」。文字通り“農業+なにか”をなりわいにするわけだが、このような働き方・暮らし方を体験できるモニターツアーが秋田県鹿角市にて行われた。


旅行では知りえない
“リアル”を味わう2週間

 モニターツアーではミニトマトやネギ、花きなどを栽培する3軒の地元農家が受け入れ先となり、参加者は市内の宿泊施設などに滞在しながらさまざまな農作業を体験することができる。滞在費や交通費の一部助成に加え、働いた分の賃金が支払われ、時間帯や日数など個別に相談も可能、というように自由度の高い内容である。

綱木農園(ミニトマト農家)での収穫作業

 9月から10月にかけて行われたツアーには、東京や大阪などの都市出身者を中心に20〜40代の男女6名が集まった。各々自分の仕事がありながらも、農業や地方移住、多様な働き方に興味を持っている人たち。ひとつの肩書に収まらない働き方をしているフリーランスも多く、すでに「半X」がある人に鹿角市での「半農半X」が可能かどうかを探ってもらうという目的もあった。

学生時代に訪れた鹿角市の祭りが印象的で参加を決意

 開始日は個人の希望によってまちまちで、それぞれが自分なりのやり方で「半農半X」を体験しながら鹿角市での滞在を楽しめる、旅と暮らしの間のような2週間を過ごした。東京から参加のSさんは「食べ物は何でも美味しく、人もあたたかい。2週間あると暮らしのイメージもつきやすい」と話す。農業や地方移住に興味があり参加したという大阪出身のYさんは「初心者にはぴったりのツアー内容だと思う。都市に暮らしていると孤独を感じる人も多い。時間の流れも違うし、自分を見つめ直す機会にもなるのでは」と振り返る。 通常の旅行と比べて滞在期間が長めであることから、地元の人たちと深く交流でき、まちに対する興味もより湧いたという感想が多く聞かれた。

まちの人と参加者同士で次々につながる交流の輪

まちづくりに欠かせない
“人”を呼び込み、根づいてもらうために

 このプロジェクトの企画・コーディネートを担当したのは、鹿角市の移住促進事業の委託業務も担っているNPO法人かづのclassy。メンバー8人のほとんどが移住者であり、それぞれが個別に仕事をしながらさまざまなプロジェクトを遂行している。すでに「半農半X」を実践しているメンバーが多いことも、参加者にとっては非常に心強い。
鹿角市はもともと農業が盛んな地域。りんごやかづの牛、八幡平ポークなど特産品も多く、新規就農支援にも力を入れている。

八幡平地区の酪農を見学

 はじめから関心のある人ばかりでなく、そうでない人も最終的に農業に関わるようになることも多いという。人手不足の問題などから、特に若い世代は手伝いを頼まれ、あれよあれよと畑を引き継ぐことになった、という具合だ。それほどまでに鹿角市では農業が身近にある。

農事組合法人末広ファーム
広大な畑での大規模な農業を展開されています

 プロジェクトマネージャーの松村託磨さんは移住・定住促進に関わってきたこれまでの経験を踏まえ、「移住希望者には農業をやりたいという人も多い。その一方で農家さんは担い手不足で悩んでいる。農業を軸にした移住・定住へのアプローチができないかという狙いがこのプロジェクトの根底にある」と話す。さらに、これまで行なってきた移住体験ツアーなどは2泊3日がほとんどで、今回のように長期間の滞在プログラムはある意味挑戦でもあった。
「最終的に私たちがやりたいのは“まちづくり”。まちをつくるには人が不可欠ですから」と、松村さん。ただ単に多くの人に訪れてもらうだけでなく、地方に暮らすメリットもデメリットもきちんと知ってもらいたいとの思いがある。
 移住を考える際、多くの人がまず考えるのが仕事についてだろう。働き口が多いとは言えないことが地方移住のハードルを上げてしまっているのは否めない。しかし、鹿角市では近年子育て世代を中心に都市部からの移住者が増えており、「半農半X」を実践している先達も多い。彼らが水先案内人となって多様な働き方、暮らし方を示してくれるのは、これから移り住もうとする人の背中を押すことにもなるだろう。

受入先農園のみなさま(綱木農園、京花ファーム、末広ファーム)と
参加者、classyスタッフとの交流会
右列手前から2番目がプロジェクトマネージャー松村

「半農半X=半分農業・半分X」ではない!
自分に合ったバランスが大事

 「半農半X」というと、半分が農業でもう半分は別のなにか、だと考える人が多いかもしれない。だが、 “半分ずつ”である必要はまったくなく、80%農業で20%がXでも、90%以上がXで残りが農業でも、「半農半X」に変わりはないというのが同NPOの考え方。大切なのは自分なりのバランスを見つけることであり、それによって心地よく暮らせるかどうかである。
 まちを形づくる人が健やかに暮らしていくために、都市とはまた違う、その土地ならではの自分らしい生き方を模索する。その選択肢のひとつである「半農半X」は、鹿角市においてぴったりの働き方ではないかと考えているのだ。また、必ずしも“半・半”でなくてもよい、ということを広く知らしめていくことも「半農半X」をやってみたい、これならできそうかも、と思ってもらうために重要なことだという。

半農×消しゴムはんこ作家で参加!新しいワークバランスの発見になったとのこと
(受入先:末広ファーム)

子どものうちから知ってほしい
働き方の多様性

 同NPOは、モニターツアーを実施中の10月のある日、市内の小学校6年生を対象に「さまざまな働き方」をテーマにしたスペシャル授業を行なった。ツアー参加者と受け入れ農家によるトーク形式で、子どもたちに“働き方にもいろいろある”ことを知ってもらうのが目的。その選択肢として農業(半X)もあることを伝えながら、視野を広げてもらおうという企画だ。

半農半X参加者のリアルな話

 ツアー参加者からは3人が登壇。いずれもフリーランスでグラフィックデザインや消しゴムはんこ、PR業など好きなこと得意なことを活かしながら自分らしく働き、暮らしている。今どのように働いているのか、なぜ鹿角に来て農業を体験したかったのかなど、それぞれの話に子どもたちは目を輝かせながら熱心にメモをとり、聞き入っていた。鹿角についても「山や空がきれいに見えて夕暮れも美しい」「人がみんな優しくてあたたかい」などと、自分たちの暮らすまちの知らない視点を与えられ、少し誇らしげな様子も見られた。
 受け入れ農家からは2人が参加した。テッポウユリなどを栽培する中村さんはつくる喜びに触れ、「お客さんに喜んでもらえたときに“農家でよかった”と感じる」と語った。

鹿角市を代表する花き、テッポウユリを栽培する中村さん(京花ファーム)

 ミニトマト農家の綱木さんは、「一度は地元を離れまったく違う仕事をしていたけれど、子育てなどいろいろな理由から鹿角に戻ってきた」と話し、出てみたからこそ見えてくる部分や地元の良さなどについて伝えていた。農業体験を何度も行なってきた子どもたち。農家さんの生の声やリアルな経験談を耳にすることで、農業に対する印象や考え方が変わったという感想を持つ子もいたようだ。

綱木さんの言葉を熱心に聞き入れる子どもたち

“X”は自分でつくる。
心地よく暮らすためにできること

 鹿角市の移住・定住促進に関わる活動を行なっているNPO法人かづのclassyは、“まちづくり”の一環として「半農半X」を捉えている。前述の通り、「半農半X」で重要なのは自分に合ったやり方やバランス。そのために考えるべきは、実は「半X」のほうだということにお気づきの方も多いだろう。これほどまでに多様な働き方が浸透してきている現代においては、もう“やりたいこと、やったもん勝ち”。自分が本当に何をやりたいのか(=X)を突き詰めていくことこそが、自分らしく心地よい暮らしや生き方に繋がっていくのではないだろうか。

大自然の中で自分らしく生きる!!(綱木農園のさつまいも畑にて)


文・内田 珠己
写真・NPO法人かづのclassy


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