【epi-01】たしかな手応え。

 今回から2回にわけて、vol.018の編集後記をお届けします。前半はおにっちさんとのご縁から取材に至るまでをメインに綴っていきます。

 フリーペーパーの特性として、「読者の反応を確認しにくい」という部分があるのですが、vol.018 は思わぬ形で手応えを得られた号となりました。そのあたりのことについても触れていきます。


【熟成期間】


 vol.018 の発行から一週間ほどたった頃、Facebookの個人アカウントへ友達申請とともに一通のメッセージが届きました。「vol.018を追加で50 部ほど買取りたい、全ての号のバックナンバーも3 部づつ欲しい」との依頼を送ってくださったのは、おにっちさんのお父様でした。
 おにっちさんには本人用納本として100 部ほどお渡ししていましたので、まさかお父様がそんなにたくさん必要とされるとは、かなり驚かされた出来事でした。少なくとも校正中のやり取りからは、全く想像できない反応だったので。

 おにっちさんとのご縁は2019 年の1月末、gente vol.003を出す前でした。協働ステーション中央にて毎月開催されている十思カフェ(※1)に僕、編集長の大澤が登壇させていただいた時です。当時おにっちさんは本紙の冒頭で紹介した、ハンズオン東京のキッチンカーに参加していたのですが、キッチンカー用の料理を中央区内のとある飲食店の厨房を借りて調理していて、そこの主人に連れられて十思カフェに来てくれていたのでした。イベント終了後に少し言葉を交わし、その時にFacebookでつながったのですが、なぜすぐにおにっちさんを取材しようとしなかったのか、明確な理由はありませんでした。それから実に3 年以上寝かせていたことになりますが、図らずもおにっちさんはその後の3年間で、キッチンカーのご縁で現在の会社に就職し、よい職場環境にも恵まれ充実した期間を過ごすことになるわけですから、この理由なき熟成期間は想像以上の実りとなってgenteに戻って来たわけで。なんとも良い時期に取材が出来たものだと、我ながらその偶然に感謝しています。



 おにっちさんに取材依頼の連絡をしたのは2022 年3月頃、この時点ではvol.017で取材した山口さんとおにっちさん、どちらが先でもよい状況でした。ほぼお二人同時に取材依頼の連絡をしたのですが、山口さんへの依頼、交渉がレスポンス良くスムーズに進んだのに対し、おにっちさんとの話はなかなか思うように進まず。おにっちさんが長い話、難しい話が苦手なのは承知していたので、詳しい話は直接対面して話そうと考え「取材をしたいと検討しているので、まずは会ってお話を」と連絡したのですが、この趣旨がなかなか通じず。何度もやり取りを重ねた上で、結局「会社の人に同席してもらわないと判断できない」となり、最初の連絡から実に3ヶ月近く経ってようやく取材趣旨についての説明機会を設けていただいたのでした。
 ただこれには会社都合が絡んでいて、おにっちさんはvol.018 発行直後に虎ノ門の店舗に異動されたのですが、その異動は当時すでに検討されていて「どこで取材を受けるのか」がネックになっていたそうです。ですがこちらもおにっちさん自身も、そんな事情はまったく知る由もないので、

g:「会社の方から何か指示はありましたか?」
お:「まだです、ごめんなさい」

といったやり取りを繰り返していて。そのうちに「会社からの連絡が遅くて困っちゃいますね」みたいな連帯感が生まれ、なんとなくおにっちさんとの距離感も詰まってきて、実際に会社の担当者同席のもと取材趣旨を説明する頃には、おにっちさん自身は既に取材を受ける気まんまんになっている、というなんだかおかしな展開になっていました。

(※1)東京都中央区の協働ステーション中央にて、毎月地域課題の解決や新しい価値の創出に取り組むゲストを迎え、活動事例を通して効果的な協働のあり方を探るイベント。

【職場取材】


 おにっちさんは活動的な方で発信したいことがいろいろある人なので、取材には事欠きませんでした。むしろ量的に全てを扱えないので、「何を諦めるか?」を検討する必要があったのですが、話の流れで職場の取材協力が全面的に得られることになったので、スペシャル・オリンピックス関連ほかプライベートの活動や交流については触れないと決めました。おにっちさん本人としては、ちょっと残念だったかもしれませんが。


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 職場の取材、撮影はほぼぶっつけ本番。もちろん事前打ち合わせは行いましたが、おにっちさんが実際にどのような作業をし、どの程度自身の判断で動いているのかは、打ち合わせだけではイメージできず。そもそも調理場なんていう場所は、取材どころか仕事自体も見るのが初めてでしたので、「どうなることやら」と不安を抱えながら開店前の調理場に入ったのですが。取材ご協力いただいた六本木店は立地の都合で取材が入る機会が多いらしく、広いとは言えない厨房内にカメラを持ったおじさんがひとりウロチョロする程度なら全く気にもなりません、といった様子。おかげさまでこちらも、あまり気兼ねすることなく撮影できたのは助かりました。
 肝心のおにっちさんの仕事ぶりですが、これには正直驚かされた、というのが本音です。職場取材前にインタビューは撮り終えていて、その時の話からある程度は想像していたものの、やはり軽度とはいえ知的障害ではあるので。どこまで自分の判断で動けるものなのか…と考えていましたし、時間内に何度かは指示を仰いだりするんだろうな、そういう時にわかりやすい指示の出し方などがあるものなのだろうか、あればそれを撮影後の話の中でシェフに聞いてみよう、とか想定していたんですが、二時間近く取材していた中で、おにっちさんが他のスタッフやシェフに指示を仰ぐようなケースは一度もなし。手際もいいし、インタビューで話していた集中力のなさや気の散る様子は全く見られず、その様子を見る限りでは、ヘルプカードをつけていなければおにっちさんが知的障害者だとは誰も思わないだろうな、と感じるほどのものでした。
 ちなみにこの時働いていた六本木店の厨房は、仕事中お客様との接点はほぼない職場だったのですが、異動先の店舗は常にお客様との接点がある、カウンター形式の厨房です。前述の異動の件は、実はおにっちさん自身の「お客様との接点がある環境で働きたい」という希望が聞き入れられた形で実現したものでした。もちろん今も胸にヘルプカードを付けて仕事をしていますので、それを見れば一目瞭然なのですが、きっとその仕事ぶりを見る限りでは来店するお客様も「どこに障害があるんだろう?」と、思われるのではないでしょうか。


今回はここまで。
次回は編集後記の後半、取材や制作の様子と、この号で得られた手応えについてをお届けします。
更新は8月20日過ぎの予定。ご期待ください。

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