【epi-02:想像は難しいので】

【時の流れで変わるもの】

 あらためて櫻井さんに時間をとっていただき、「gente」について説明して取材の依頼をし。快く取材を受けてくださることとなり、その上で義足を使用するに至った経緯やこれまでのことなど、その場であらましお伺いしたのですが、幻肢痛についてだけではなく、さまざまな面でぜひ取材をしたいとあらためて思う機会になりました。

 本紙でもご紹介の通り、櫻井さんが義足生活になったきっかけの交通事故は25年近く前。それから今までの間にご自身がご結婚や出産、子育てとさまざまな経験をされてきたのと並行して、障害についての意識や取り巻く状況、そして義足自体の進化など、社会もかなり変化しました。
 考えてもみてください。25年前といえばまだスマートフォンどころか、携帯電話がようやく普及し始めた頃。まだインターネットも今ほど日常的に使えるサービスではなく、今なら当たり前のジェンダーやダイバーシティ、コンプライアンスなどの概念も、その多くがまだ認識されていなかった時代です。そんな時代の大きな変化の中で、櫻井さんが経験し感じてきたものを発信することはきっと大きな意味があるだろうな、と思ったんです。

 事故や病気によって、障害者となった人。それまで持っていた機能を失ってそうなった人というのは、はじめからその機能を持っていなかった人とはやはり違うように感じます。違うんだけど、それもだんだん変化していきますし、「はじめから持っていなかった人」に近づいていく人も少なくないようにも感じられます。きっと櫻井さんもそういう変化を経験していて、その姿がいろんな人に対して希望や勇気を与えていくんじゃないかな、なんて期待を感じはじめていましたね。

 一方で幻肢痛の取材はどうしたものかと、ちょっと考えていました。幻肢痛の、というかそれに対するVRリハをメインに取材するつもりだったのが、足の幻肢に対応するVRリハシステムはまだ無いとのこと。ちょっとアテが外れてしまったというか、想定していた通りにはできないことがわかり。「さぁどうしたものか」と思っていたのですが、櫻井さんが幻肢痛交流会に出席し、そこでミラーセラピーによって幻肢痛を緩和していることや、その場で他の方がVRリハを受けている様子が取材できそうなことなどわかったので、それでよしということにして。やるべき取材がはっきりしたところで、9月半ばも過ぎた頃から取材を始めたのでした。


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 2023年の夏はいろいろとあわただしく、通常なら8月下旬か9月上旬には取材をはじめているスケジュールであるはずなのに、かなり後ろにずれ込んだ状態でスタートしました。取材開始から印刷にまわすまで、実質2ヶ月切っている状態は初のことで、間に合うかな、バタつきそうだなと不安を抱えての制作期間でしたが、思いの外スムーズに物事が進んで。「あ、できるんだ」とわかったのは収穫でした。
 たまたま取材場所から近く、櫻井さんもご縁があるという理由で撮影場所として選んだ神田明神が「VIVANT」のロケ地であるとは知りませんでした。そういう人気のスポットで、櫻井さんのご縁のおかげで撮影許可も取れたのはラッキーでしたね。

 櫻井さんは「人生の半分以上が、義足使用者になってからの時間」という方です。なので当時の記憶や感情について、正確に思い出すのは簡単ではなかったと思いますし、あいまいな部分もおそらくあっただろうなと思います。それも踏まえて感じたのは、「淡々と話すなぁ」という印象でした。

 先に書いたように、義足自体も現在のものより不快感の強いものだったそうですし、世の中の意識も今とは違い、無理解や偏見などもあったようです。「大変だっただろうな」と想像してしまうのですが、当の櫻井さんご自身はけっこう淡々と、あまり大きな感情の動きもない様子で話してくださっていたんですよね。伺う前は「当時のことを思い出すのは、辛いものなのかな」とも思っていただけに、少し意外に感じました。
 今の生活についても「持っていた機能を失った人」である櫻井さんにとっては、煩わしさや不都合を感じているものなのかなと想像していましたが、そういったところもあまり感じられず、でした。このnoteの記事「義足生活となって」の中に出てきた、銀座のカフェで義足が外れてしまったエピソードからもわかるように、「義足と気づかれてしまわないか」はもはやあまり気にしておらず、どういう人に伝えておくべきか、と考えていたのにも「なるほどな」と思うと同時に、vol.008で行った義手の取材時に聞いた話を思い出しました。

 腕を失えば、生活の全てが一変します。あらゆる生活動作を片手でどう行うか、切断部位によっても違いますし、それが利き腕ならば尚更で、箸の持ち方から文字の書き方まで、利き腕変更を強いられます。それはそれは大変なんだろうなと想像していたんですが、意外なほどに「でもそれは慣れるんですよね」「もう両手でどうやっていたか、覚えていないんです」といった発言が、取材の中で多く聞いたのを思い出しました。

 「それまで持っていた機能を失うこと」がどれほど大変なのか、想像するのは難しいことなんですが、「どのくらい大変ではないのか」を想像するのはより難しいんだなと思います。もちろん持っていた機能を失うのは辛く苦しい出来事で、その影響はとても大きなものです。けれどもその辛さや苦しさが、ずっと形を変えずにその人の上にのしかかり続けていくのか、というとそうではない人も、取材を通し数多くみてきました。

 辛さや苦しみが形や大きさを変えていったり、感情や状況を受け入れていったり、慣れもします。それがきっかけで、思いもよらなかったような人生が拓けていった方すら多々います。

 ただやはり、その機能を「持っている人たち」にとって「どれくらい大変ではないのか」を想像するのはとても難しく、それによって余計な誤解や不必要な先回りが生じたりもします。それはそれで双方にとって好ましくない状況であり、居心地の悪さや気の使い過ぎのような状況を作り続けていくんだろうなと思うと、やはり「自分と違う人」について知る機会はこれからも作っていきたいかな、と思う取材機会となりました。


今回はここまで。次回は幻肢痛について綴っていきます。

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