見出し画像

彼らが消えたのはダブリンの白夜の街角かそれとも南カリフォルニア『Big Sur』の水平線なのか。活動再開が待たれるThe Thrills(ザ・スリルズ)を聴こう。夏だしネ。

2000年代初頭、私が洋楽を聴き始めた頃の海外のインディ/オルタナティブロックシーンは「ガレージロック・リヴァイヴァル」真っ只中で、ホワイト・ストライプス、ストロークス、リバティーンズといったバンドの出演権を毎年フジロックとサマーソニックで取り合っているような状況だった。

そのほかにもザ・キルズ、ザ・ハイヴス、ザ・ヴァインズなどなど、イギリス、アメリカだけでなく多くの国から似たような音楽性、似たような名前のロックバンドが毎分毎秒のごとくデビューしており、リスナーが個々のバンドの細かな音楽性の違いに目を光らせるには到底追いつかないほどの消費サイクルだったこともあり、当時デビューした欧米圏のロックバンドはなんとなく名前の雰囲気だけで「あー今時の流行りのガレージ系のやつねー」みたいな判断のもと、聴き逃がしと誤解が多く発生していたように思う。

今回紹介するThe Thrills(ザ・スリルズ)も、そんな「ガレージロック・リヴァイヴァル」に翻弄された「ガレージロック・リヴァイヴァルに分類されない」バンドのひとつである。

ザ・スリルズは2001年にアイルランドのダブリンで結成された5人組のバンドで、その音楽性は前述のガレージロック・リヴァイヴァル勢とは縁遠く、アメリカンルーツミュージックとビーチ・ボーイズライクなリゾートミュージックをベースにしたメロウでマイルドでなサウンドだった。
私は当時、そのありきたりでシンプル過ぎるバンド名にミスリードされることなく、彼らの音楽の独自性をしっかり認知することが出来た幸運な音楽リスナーのひとりだった。


デビューアルバム『So Much for the City(2003)』は母国アイルランドで1位、イギリスで3位のセールスを記録し、両国でプラチナディスクを獲得した。
ニール・ヤングの『渚にて(1974)』、ビーチ・ボーイズやモンキーズ、ヴァン・ダイク・パークス辺りからの多大な啓示および影響をヒシヒシ感じると同時に、単なる懐古趣味的な古臭さに飲み込まれることなくフレーミング・リップスっぽい21世紀的なサイケセンスも絶妙にブレンドされていて、楽曲の仕上がりもアレンジも高水準な圧巻の完成度のアルバムである。
年がら年中雨が降る鉛色のアイルランドからの「青い空、まぶしい海、憧れのカリフォルニアへの逃避衝動」を具現化し、スリルズのメンバーたちと同じようにカリフォルニアに夢を見る、世界中の曇天の下で暮らす人々(東北日本海側生まれの私のように)にとってのマスターピースとなった作品である。
現にこのアルバムの楽曲の多くは、バンドメンバーが休暇でサンディエゴに長期滞在していた際に書き溜めたものだったそうだ。

So Much for the City(2003)/ The Thrills



モリッシーやクリス・マーティン、今も当時も辛辣さが売りのギャラガー兄にすら好意的に評価され、同世代のジャック・ジョンソンとは別のベクトルにおいて世界的に一躍「ビーチ・ボーイズの後継者」「シーサイド/リゾートミュージック界の寵児」として期待がかかったバンドだった。

しかし、やや「夏っぽさ」と勢いが衰えた(それでもアイルランドでプラチナ獲得)2ndアルバム『Let's Bottle Bohemia(2004)』、そして3rdアルバムの『Teenager(2007)』をリリース後、スリルズは2024年現在、活動の音沙汰が全くなくなってしまっている。

英語版のwikipediaによると、ドラマーのベン・キャリガンの話ではバンド自体が2000年代後半から半ば自然消滅ように活動を休止しているとのことだった。2024年現時点で、実質発表された最後のスタジオアルバムとなっている『Teenager(2007)』のセールス及び各メディアでの評価が芳しくなかったのも一因だろうと思う。
確かに1stの完成度が高すぎて、『Teenager』についてはだいぶ刺激不足な小綺麗にまとまっちゃった感はあったのだが、そのくらいの打率の不調なんてどんなスターバンドにもスーパーミュージジャンにもよくある話なので、胸を張って新しい曲を、新しいアルバムを作って欲しいと願っている今日この頃である。

いつか彼らが音楽界、いや、夏に戻ってくることを期待して、『So Much for the City』を今年の夏も、飽きもせずに聴くのである。夏だもん。

もうあれから20年以上経ったのかー。


※メロディメイキングのセンスとして個人的にシンパシーというか最も類似性を感じるのはパーニス・ブラザーズ。すごく良いバンドなのに知名度が低めなので知らない人はぜひ聴いてみてください。スリルズが好きなら気にいってくれるはず。

Sometimes I Remember(2003)/ Pernice Brothers

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?