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ヒップホップを食わず嫌いする人のためのDJ Premier(DJプレミア)とPete Rock(ピートロック)とその元ネタたち。

若い頃、ロックリスナーとして音楽を聴き始めた私にとっての最大の食わず嫌いはヒップホップだった。

1990年代後半から2000年代初頭にかけて、日本の音楽業界は空前の第一次ヒップホップブームを謳歌していたのだが、当時(概ね今もそうだが)のヒップホップは不良文化と密接に結びついており、不法行為や犯罪行為を仄めかすような歌詞を自慢げにラップするヒップホップという音楽に対して、私も含めた不良でもなんでもない人たちは共感どころか敬遠の気持ちすらあった。
しかしながら、ヒップホップやBボーイカルチャーは、それまでのリーゼントに特攻服とかオールバックに革ジャンみたいな旧来の不良像とは違う、ストリートファッションと結びついた新しくてオシャレな不良文化として当時の若者達は食いついたし、まだギリギリ「悪さ」が「カッコよさ」として消費されていた時代だったので、それらに憧れを持ってヒップホップにのめり込む同級生も多かった。

1970年代初頭にアメリカで誕生したヒップホップは、80年代のアメリカ本国では「東海岸のポリティカルラップ」と「西海岸のギャングスタラップ」という棲み分けがあったのだが、90年代の日本はそれらを一緒くたにして、金のネックレスとダボダボファッションとハッシシとクラックみたいな「スタイルのみ」を輸入してしまった感があり、日本のヒップホップは単に「アメリカのストリートギャングを模倣した若者たちの音楽」というザックリした印象のままシーンを席巻していくし、同時に本国アメリカのヒップホップに対する見方もそれに追随した。丹念にラップの意味を追える英語リスニングの堪能な日本人が少ないこともあって、日本においてはN.W.Aも2パックもパブリック・エナミーもウータン・クランも、ポリティカルでインテリジェントな側面が無視された状態で、「どいつもこいつも言ってることは単なる節操の無いワル自慢だろ」というミスリードのまま一般認知が広まったし、かくいう私もそういう認識だった。

日本のヒップホップシーンの潮目が変わるのが1999年頃からである。ライミングやフローの気持ちよさを維持したまま、よりラップのメッセージ性を重要視した「東海岸っぽい」THA BLUE HERB(ザ・ブルーハーブ)と、西海岸アングラコミュニティ出身のSHING02(シンゴ02)の登場である。
彼らの「解像度よりも抽象度が高い」「ガラの悪さよりも頭の良さが滲み出る」ラップは日本人にとってあまりに新鮮で、それまでヒップホップに目もくれなかったロックリスナーをも取り込んだ。そしてそれは本来アメリカ東海岸のラップが持っていたポリティカルなメッセージ性が、やっと正当な形で日本に輸入された瞬間だったし、西海岸Gラップに対する本場のカウンターカルチャーが認知された瞬間でもあった。2003年にエミネムの『8 mile』が「ラップシーンも字幕付きで」公開されたこともももちろん影響した。

他方、ラップではなくヒップホップトラックへの認識や印象を大きく変革したのはNujabes(ヌジャベス)である。
レアなソウル音源やジャズ音源をカットアップせずにほとんどそのままサンプリングする手法には「作家性の有無」という意味で賛否はあるのだが、日本人のヒップホップという音楽に対する偏見を壊した、という意味では計り知れない功績である。

そしてそのヌジャベスの源流にいるトラックメイカーが、DJプレミアとピートロックである。

90年代のアメリカ東海岸で「ニュースクール」「ネイティブタン」と呼ばれるヒップホップの一派が登場するのだが、彼らはヒップホップのギャング然としたクリミナルマインド的側面から距離を置き、ピースフルでユーモラスなラップミュージック/ヒップホップを志向した。いわゆる「イイ人系ヒップホップ」である。
デ・ラ・ソウル、ジャングル・ブラザーズ、トライブ・コールド・クエストといったニュースクールの面々のトラック群の特徴はそのサンプリングソースの広範さであり、それはレコードディグ文化のはじまり、要するに「ヒップホップのオタク化」のはじまりでもあった。

今回紹介するDJプレミア、そしてピートロックはまさにそんな「レコードディガー」であり、ヒップホップトラックの元ネタにジャズをサンプリングし始めたほぼ最初のオリジネイターとされている。

DJプレミアのキャリアはGANG STARR(ギャング・スター)というヒップホップデュオでスタートした。ジャズに限らずソウルもファンクもロックも、映画の挿入BGMに至るまで、とにかく古今東西の音という音をサンプリングし、それらを絶妙にリハモナイズしたクールなトラックを生み出す。

一方のピートロックはヒップホップデュオ、Pete Rock & CL Smooth(ピート・ロック&シー・エル・スムース)としてキャリアをスタート。ファンク/ジャズからのサンプリングを多用し、とにかくメロウでオシャレなトラックを作らせたら右に出るものはいない。

どちらも自身のグループ活動の傍らプロデュース業(ヒップホップではトラックメイカーのことをプロデューサーと呼ぶ)にも引っ張りだこで、1990年代以降の東海岸ヒップホップシーンを支えた偉大なプロデューサーである。
ノートリアスBIGやナズ、ブラック・スターやコモンに至るまで、Gラップだろうがニュースクールだろうがラッパーのスタイルに見境なく数多のプロデュース業をこなしており、2人が関わった楽曲やアルバムは膨大な数にのぼる。

そんなわけで今回は、タフでサグでイルなラップを食わず嫌いするあなたのために、敢えてラッパー側ではなくプロデューサー側に焦点を当てて、DJプレミア、そしてピートロックがプロデュースしたオススメのヒップホップナンバーを、その元ネタと共にご紹介。


Nas Is Like(1999) / Nas

DJプレミアプロデュース。
元ネタを聴いて改めてわかる異次元のカットアップセンス。
元ネタは(確か)ラジオドラマ、John V. Rydgren and Bob R. Way「What Child is This?」。



BOOM(2000) / ROYCE DA 5'9

DJプレミアプロデュース。
「Nas Is Like」もそうですが、プリモはストリングスのサンプリングセンスがめっちゃ個人的なツボです。
元ネタはMarc Hannibal 「Forever Is a Long, Long Time」。


no shame in my game(1992) / Gang Starr

ギャング・スターの3rdアルバム『Daily Operation』より。
ワンループのクールなグルーヴ感。オシャレです。
元ネタはThe Crusaders「In The Middle Of The River」。


Moment of Truth(1998) / Gang Starr

ギャング・スターの5枚目のアルバム『Moment of Truth』よりアルバムタイトル曲。センチメンタルなループとグールーの寡黙なライム。カッコいいです。
元ネタはBilly Paul「Let's Fall in Love All Over Again」。



I Get Physical(1994) / Pete Rock & C.L. smooth


「世界で一番青空が似合う」ヒップホップアルバム『The Main Ingredient』より。ポジティブで爽快な開放感。
元ネタはGeorge Benson「Face it boy, it's over」。



In the House(1994) / Pete Rock & C.L. smooth


こちらも『The Main Ingredient』より。
元ネタはCannonball Adderley「Capricorn」。


All the Places(1994) / Pete Rock & C.L. smooth

こちらも『The Main Ingredient』より。
真夜中のクラブではなく早朝のバスケットコートで聴きたくなるヒップホップ。
元ネタはご存知、Donal Byrd「Places And Spaces」。


The World Is Yours(1994) / NAS

ピートロックプロデュース。
上品でエレガントな、これぞピートロックって感じのトラック。
元ネタはAhmad Jamal「I Love Music」。


Krossroads(2003) / I.N.I

ピートロック全面プロデュース。ピートロックの実弟が参加していた伝説のヒップホップクルーの1stアルバム『CENTER OF ATTENTION』より。
気だるい夏の陽気が似合うチルアウトナンバー。
元ネタはHAROLD MELVIN & THE BLUE NOTES  feat. Sharon Paige「hope that we can be together soon 」。



こうして元ネタを辿りながらソースの1フレーズを見つける楽しさは、ヒップホップをより奥深く楽しむ一つのファクターである。
トラックと一緒に元ネタを聴いてもらえればよくわかるが、ヒップホップのプロデューサーたちは決して権利の侵害も厭わぬような無法者たちでは無く、世界中のあらゆる音楽を聴き漁り、収集し、その都度最適なフレーズを抽出して切り貼りして、新しい別の音楽を生み出していく「特異なクリエイティビティ」を持つ歴としたアーティストなのである。
ヒップホップにおけるサンプリングという文化が、近代美術におけるコラージュやモンタージュ、アッサンブラージュに通底する極めてアーティスティックな営みであることが理解できるはずだ。

ヒップホップを食わず嫌いしていたあなたにこそ、ぜひDJプレミア、そしてピートロックのヒップホップならではのクリエイティビティを知って、そして堪能ほしいのである。

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