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源氏物語の色 2「帚木」 ~光源氏の優美さを際立たせる白~

「帚木」のあらすじ
ーーー光源氏十七歳、近衛の中将の物語。五月雨の一夜、当代きっての好色者と言われる若者四名が女性談議に花を咲かす。中流の女性がいいという話を聞いた光源氏は、空蝉という中流の女性と逢瀬を持つーーー

帚木というタイトルを知らなくても「雨夜の品定め」なら聞いたことがあるという方も多いのではないだろうか。
光源氏含む若い男性四人が、雨の夜、女性談義に花を咲かせるあの場面である。

「中流階層には案外いい女性がいる…」
「若い娘はきれいだけれど情に流されることがある…」
「妻にするなら、美人でなくても性格がひねくれていなければ…」

一晩中、理想論から体験談にいたるまで、好き放題に女性論を披露しあっているのである。
残念ながら私は女なので、男性同士の女性談義に加わることは出来ないが、現代でも同じようなものなのではないか…などと思うとおもしろい。
千年前も変わらない…というより、千年経っても変わらない、と言った方が人間的かもしれない。
(しかし忘れてならないのが、紫式部は女性であるということ。
 聞き耳たてて盗み聞きしたあれこれをこんな物語に仕立ててしまうなんて…
 才女を通り越して、怖ささえ感じてしまう。)

さて、この雨夜の品定めで談義しているのは四人と書いたが、実は光源氏は発言していない。
聞き役に徹している。
その姿の描写は
「白き御衣どものなよよかなるに、直衣ばかりを、しどけなく着なしたまひて、紐などもうち捨てて、添ひ臥したまへる御火影、いとめでたく、女にて見たてまつらまほし。」とある。

つまり、
白いやわらかい単衣の上に、直衣を無造作に身につけてくつろいでいる。
その姿は灯影に揺らめいて、女にしてみたいくらい美しい…。

この描写は、雨夜の品定めにおいての光源氏のくつろいだ美しさを、具体的に浮かび上がらせている。
ここで光源氏が身につけているのは「白」。

現代では、白というと染色をしていない、一番シンプルな色と思われがちだが、平安時代に白を出すのは容易ではなかった。
絹糸、あるいは絹織物は、染色をしなければ黄ばんだものとなる。
白にするためには、それを雪や清流水に晒し、黄ばみを漂白する。
平安時代から続き、ユネスコ無形文化遺産代表リストにも登録された越後上布は雪さらしで有名だが、まさにあの工程が漂白作業なのである。

800年頃までは、天皇の正式な御袍は白だったといわれている。
光源氏は、これ以上ないほど清冽な白の御衣を身につけていたに違いない。
雨夜の品定めの四人の中でも、光源氏がひときわ特別な存在であったことを、紫式部は私たちに白という色で教えている。

雨夜の品定めが終わった「帚木」の後半。
光源氏は、話題に上った「中流の女性」である空蝉を求めることとなる。
清冽な白を身につけていた光源氏が空蝉に手を出すこの展開。
白に託された思いにいくらでも想像力が働いてしまう。

そして、第三帖「空蝉」へと続いていくのである。

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