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源氏物語の色 15「蓬生」 ~千年前の蓬の色~

「蓬生」のあらすじ
―――光源氏が須磨明石にいた間、頼る者が誰一人いなくなり末摘花の暮らしは困窮を極めていた。
自邸である常陸宮邸は荒れ果て、狐や木霊が跋扈する中、末摘花は亡き父の遺風を守り暮らしている。娘の侍女にと企む意地悪な叔母からは、言葉巧みに誘われるが応じようとしない。
そのような折、京へ戻ってきた光源氏は、蓬に覆われた常陸宮邸の前を偶然通りかかる。そして末摘花のことを思い出し、再会。以前のように庇護をすることとなる。―――

「蓬生」の帖には、「赤き木の実」以外に色彩に関する具体的表現はない。
色にまつわる記述はないものかと読んでいるうちに、ふと気がついた。
「蓬」……夏の、青々と茂る鬱陶しいほどの緑色が、この帖を覆っている色ではないか。

平安時代の終わりには、「蓬」というかさねの色目が出てくる。
しかし紫式部の時代には、まだ「蓬」が美しい服飾の色としての言葉ではなく、荒れ果てた庭に生い茂る草が「蓬」であったようである。

その「蓬」が効果的に使われている場面が、光源氏が末摘花の邸を見つけるところである。
光源氏は、京に戻ってきてすぐに末摘花を思い出したわけではない。むしろすっかり忘れていた。「蓬生」つまり雑草に覆われたさびれた邸を見て、はたと思い出すのである。
そして、ひとりごとのように歌を詠む。

「尋ねてもわれこそとはめ道もなく 深き蓬のもとの心を」
~捜し求めて尋ねていく。道もないほど深く生い茂った草のもとに。もとの心を求めて~

忘れていたはずなのに、会う前にはこうやってスイッチを入れるのね……とちょっと感心してしまう場面なのだが、光源氏の目の前に広がる色は、露のついた草むらの緑。
光源氏の突然の訪問に慌てた末摘花は、唐櫃に入れておいた衣裳に着替える。
その衣裳には代々受け継がれてきた上品な香りが染みついていた。
その香りに光源氏は格式を感じ、以前のように庇護することを決め、邸の手入れをさせるのである。


ちなみに、露を払いながら中へ入る様子は、国宝「源氏物語絵巻」の「蓬生」に描かれているが、これは現存する絵の19枚のうちの1枚という貴重なもの。
国宝は色あせてしまい、どのような蓬生であるのかわからないが、残された顔料などから復元された模写には、光源氏が見たであろう緑色がよみがえっている。

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