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天才の作り方考えてみた③

思い込みを解体していくとどんな変化が表れるか?

前回はこちら

よくスピリチュアル系で言われる「手放し」の後です。


意識空間仮説に基づいて考えると、
とある一個の思い込みという構造要素を壊す
  ↓
そこに関わって認識され蓄積されてた情報場のデータがあると、辻褄が合わなくなるので消化するため現実に出てくる(ネガティブな出来事とは限らず)
  ↓
出てきた状況に、壊したあとの新しい認識を与えれば整合性が取れて終了
壊す前の認識をまた繰り返したらそのデータがまた情報場に生まれて、意識構造にもまた形が残り、これまた整合性が取れて引き続きループ


という事かなと想像します。

「お試し」が起こると言われていますが、それって誰が試してきてるの?ってなりますので、対称性を保つ働きってすると私的には腑に落ちます。

その試してきてる(本当に変わったのかジャッジしにきてる)何者かのご機嫌取らないといけないみたいな感じにもなりかねないので、擬人化した考え方は不必要かなと。

あくまで自分で作ったデータを自分で遊び切る感じ。

そんな感じで考えると、壊した後に情報場の蒔いた種が消化されに現れた後で、どれだけ壊せてるかの確認が出来るかと思います。

ほぼ今まで通り繰り返すのであれば、少ししか壊れてないし、微妙に変わったのであれば、他の思い込みも作用してるんだろうという可能性が考えられます。

ここで何が壊れてないかに焦点をあてて解明しようとしても私はいまいち分からなかったので、前進する過程で不要なら勝手にまた思いつくでしょと思って、引き続き不必要な思い込みを探す旅に進んでいけば大丈夫です。

あくまでこれは自分の中の天才性を発掘したい人がやってみたら良いですよ~って事なので、ぜんぜん強制じゃないですよ。


で、もちろん最初からすんなり捨てる事は出来ないと思います。
自転車の乗り方を覚えた時みたいに、言語化しにくい人それぞれの感覚なので、こればかりはご自分でやり方を見つけるしかないのですが、使えるコツがあります。


意識構造は定着すると自動運転するというギミックを利用して、自分で作っちゃうんです。

認識してきたものが、自分の周りの空間に有機的な構造体になって自我となり、脳がその設定を通して周りと相互作用する

という前提の下、自発的に良きに働く構造を作るという事です。

例えば、対象を思いながら「よし!」って言ったらネガティブな感覚消えるとか、この指輪してたら良い案が思いつく

とか、何かしら決めてそのていで何度もそう認識すると(出来てないうちから)、本当に出来る様になるし、自動化されるという便利ツールになるというのを利用するのです。

なので、利用できる内容にしたほうが良いですね。

むしろ知らぬ間に自分の為にならない事への自動化に使ってる様な…
例えば、良いことがあると絶対嫌な事も起こるんだよなーとか、この位の体調不良だと治るまで絶対1週間はかかるんだよな~とか。


身体使うと、身体の観測も巻き込むのでより自動化しやすいと思います。
思い込みを解体するという事をスムーズに出来るようになる為にもめちゃくちゃ使えますので、是非やってみて欲しいです。

私は紆余曲折し、メモ帳に捨てたい思い込みを書いて、丸めてゴミ箱に捨てる

が、すっごい簡単に解体できました。
何パターンか試して、自分にインプットされやすい行動を見つけつつ活用してみて下さい。


もう一つ、対称性を保つ働きを利用して、すでに何か希望することを達成してるていで本気で思い込む事が出来ると、思い込んでる以上は存在しないと辻褄が合わないので、出来たと思ってる自分がいる=出来た という対称性を取る為に成立させられると考えられます。
これは常に使ってる法則性だと思います。
理由なくても思い込めるという素質がある方は、こっちのほうが早いかと思います。

自らを信じると書いて「自信」

根拠なく自分を信じることができるようになるとまじで勝ち確です。

因果が通常だと出来事が因で、それに対する反応が果
と思ってるものが、逆で
観測が因で、それにより生まれる出来事が果
という順番で、それ使ってどう遊ぶーー??って感じです。


ちなみに前回書いた、長男の反抗期がキッカケで「ちゃんとした親でいないといけない」というのを捨てたと書きましたが、ずっと持ち続けてた理由として、「そう思ってないと家事放棄したり自分勝手な事するに違いないから」という自分への不信があったからです。

今までの人生で別に逸脱したことないのに。

なぜ事実がないのに自分へ対する認識がこんな厳しいのか逆に面白いですが、冷静に考えて、別に縛りなんてなくても、この家族内で自分しかできない事だったら私はやる人じゃん。って気付いたから気持ちよく捨て去れました。

捨てたあとは、今までのやらされてる感が無くなって、不思議と久しぶりに料理とか掃除なんだか楽しいなーってなり、子供へも肩ひじ張らなくなって、困ったことは只の一度もありませんでした。
なぜか部屋もすんごい片付きました。(これめっちゃ嬉しい)

トリガーを与えてくれた長男には感謝しかないです。


次回は、そもそもどれが要らない思い込みなのか?って所がなにげに難しいので、それについて書いてみたいと思います。


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