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宮下奈都「羊と鋼の森」を読んで。

眠れない真夏の夜。

積んであったままの積ん読本に手を伸ばす。

アラフィフになって視力が衰え、ベッドサイドのランプだと文庫本は字が小さいしシパシパするしで読みにくくてしゃあないので読書から離れ気味だったけど、老眼鏡をセットして読む。

見える。見えるぞおおおお!老眼鏡すげえ。

お話は、高校時代にたまたま体育館まで案内することになったピアノの調律師の仕事を見て調律師になることを決め、調律師になった男性の調律具合を描いたもの。

宮下奈都という作家さんの作品を初めて読んだんですが、文章があまりにも美しい。

平易でありつつ、ピアノと、ピアノにまつわる主人公が見ている世界をこれほどまでに美しい言葉の連なりで表現するこの作品を読んで、途中で1回本を閉じたんですね。

で、この美しい世界を思春期や十代の頃に読んでいたら、今とは比べようがないほどの感動を得たんだろうなあ・・・ってことを思いつつ、でも、おっさんになった今だからわかるところもあるよな・・・ってことも思いました。

調律師なんで、ピアノのある家に行って音の調整をするわけですが、お客さんに「もう少し明るい音にしてください」って言われたりする。

「音が硬い」とか。

では、「音が明るい」とは何か?

硬いと感じる音を柔らかくして欲しいのか?

では柔らかいとは何か?

たとえばね、柔らかい桃もあれば硬い桃もありますね。でも、硬い桃は石とは比べ物にならないくらい柔らかい。

普通の水が入っているペットボトルと炭酸水が入っているペットボトルでは硬さが違います。炭酸の力に負けないような強度になっているから。

でも、硬いと言ってもペットボトルの硬さであって、柔らかいとも言える。

お客さんが言ってる「硬さ」というものはどういうものなのか?

「桃の硬さ」って意味で言っている言葉を「ガラスの硬さ」として受け取ってしまったら、コミュニケーションは上手くいきません。

結果、ピアノの音も求めているものにはならない。

その辺のね、お客さんが求めているものをピアノの音として調律するには、お客さんの心を正確に掴んで調律することが出来なければいけない。

多分ね、私が若い時にこの作品を読んでいたら、そういう部分は全く理解出来なかっただろうなあってことも思いながら読んでました。

この本の世界を紡いでいる言葉の美しさを素肌で掴むような感受性は若い頃の方が何百倍も強かっただろうけど、その底にある人間関係や人生の要は、今だからこそ感じられるところも多い。

ん~、人生は難しいw


でもね、この本は本当にオススメです。

でかい事件が起きて、もう大変なんですけどっっ!みたいなことは皆無に近く静かに進んでいく物語ですが、とにかく言葉と世界が美しいので、特に音楽をやっている子なんかにはオススメ。

私はピアノの経験や知識が皆無に近いので、わからないことだらけですが、ピアノや楽器をやっている子であれば、その美しい世界をより強いリアリティと臨場感を持って読めるんじゃないかと思います。

この本に直接書いてあるわけではないですが、このお話の文脈から「人はなぜ美しいものを美しいと感じるのか?それは美しいと感じる心を持っている我々が、その瞬間、神と繋がっているからだ」っていうようなことを考えていました。

そんなことを思わせてくれたお話。

これを若い時に読める人が羨ましいよ、マジで。

それくらい美しい物語でした。


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