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131_Herbert「Bodily Functions」

昨年来、コロナ禍がずっと続いて、ろくに飲みにも行けず、人にも会えずじまい。独身一人暮らしの自分など、声高にステイホームなどと言われようが、部屋で一人でやることなど当然ない。明らかにストレスが溜まっていた。

そんな折、大学の部活の同期連中からLineがきた。zoom麻雀をしないか、という誘いだった。単純にzoomしながら、スマホのオンライン麻雀をするというそれだけの話なのだが、やることのない俺なかった俺はもちろん二つ返事でOKした。

集まったのは、俺(佐竹)と飯島と山田と桑田。大学の部室でも同じように夜通し麻雀卓を囲んでいた仲間だった。いつものメンツというやつ。それが今ではオンラインの麻雀アプリとパソコンの画面越しでやる事になるは、時代も変わったと感じる。

zoom上では少し会話のテンポもぎこちなくなる時もあるが、いつもと違う感覚もすぐに慣れた。オンライン独特の変な間があったとしても埋めることができるのは、昔からずっと麻雀を打っていた俺たちの関係性があるからこそではある。

山田「佐竹、最近、仕事どう?」
佐竹「まあ、ボチボチだよ、あ、それチー」
桑田「お、ここで鳴くのとか、なんか絶対それテンパってるっしょ」
佐竹「いやいや」
佐竹「で、仕事なあ、相変わらずクソ上司の下でクソみたいな仕事をしてるよ」

山田「実はさ、俺、転職したんだよ」
佐竹「あ、マジ」
桑田「あ、山田も?実は俺もなんだよ」
佐竹「え、え?二人ともメーカだったじゃん、いいとこ行ったなーとか思ってたのに、辞めたのかよ」
山田「うーん、まあ今の時代、ずっと一つの会社に長く居続けるのはないのかなあって。ていうか、前の会社、結構ヤバかったんだよ、他の会社に買収されて、どんどん周りも辞めてって。もうホントまさに泥舟って感じで。で、転職エージェント登録して、結構いろんな会社を何社か受けたよ」
佐竹「あ、ごめん、それポン」
桑田「あ、こいつ絶対テンパったな」

佐竹「ほーん、桑田は?」
桑田「俺、あれだよ、この前、やっとこさタイの駐在から日本帰ってきたとこだったのに、あれだぜ、次はベトナムに行ってくれないかとか抜かされてさ。俺はもう東南アジアは嫌だって言ってんのに。たぶんこの会社、全然俺のこと駒に思ってるだけなんだと思ってさ、それで知り合いの人がどう?みたいにタイミングよく勧めてくれた会社受けたら受かったんだよ、ホントそれだけ」
佐竹「まあ、それもタイミングだよなあ」

飯島「あのー…。実は俺も…」
佐竹「え、マジ、飯島もか?だって、お前市役所じゃん」
飯島「うーん、まあ、いろいろあって…。」
桑田「公務員で辞めるかとか、そら相当だわな」
飯島「そうなんだよ。どうしても付いた先の上司のパワハラがひどくてさ、田舎の市役所なんてそりゃ狭い世界じゃない?しかも、最近の自治体って、コロナ対策とかワクチンとか、国も適当で自治体に投げっぱなしだし、すごくいろんな負担がきてるんだよ。自治体によってはもう結構限界ってところもいろいろあって。組織がブラック化してるっていうの?周りで体壊す人もたくさんいんのね」

桑田「そうなんだ。んで、今何してんの」
飯島「実は今、俺フリーランスみたいなのやってるわ」
山田「フリーランスって、なんのフリーランス?」
飯島「一人マイクロ法人みたいなのかな、詳しくはネットとかにあるから見てみ。俺はブログも書きつつ、親の持ってた不動産運用やってて。それでまあなんとか最近食いつなげられるようになったってところ」

佐竹「あれ、じゃあ、いまだに同じ会社にいるのって、俺だけってこと?」
桑田「そういえば、そうだな」
山田「公務員の飯島まで辞めてたのは意外だったな」
飯島「さすが、俺も辞めるとまでは思ってなかったよ。でも、まあいろいろネット見てていろんなやり方があるんだなってわかったんだよ」
山田「もうそういう時代なのかな。よくアメリカ式のジョブ型雇用っていうじゃん。」
佐竹「あ、それ、ロン」
桑田「おおーい、マジかよ、お前」

考えるところは俺もある。大学を出て働き始めて10年経った。このままこの会社に居続けていいのか、ずっと会社の駒として扱われてクソ上司の下でいいようにこき使わされていいのか。そんな考えがないわけではない。

そもそもうちの会社もとうに終身雇用など崩壊しているというのに、年功序列で未だに上の方が詰まっている。使えないクソみたいな上司がいばり散らして、まともに仕事もしていない。こんな状況が定年まで続くのかと思うと、本当にクラっと来てしまう。

麻雀は何局打っていたら、いつの間にか夜中の2時だった。今日は土曜日とはいえ、若い時と違ってさすがにもう朝までやろうなんて気は起こらない。またやろうなってことになって、メンツは三々午後、解散した。

月曜日に憂鬱な気持ちで家を出てから通勤のための満員電車に揺られている。最近テレワークもあからさまに減ったためだ。そういえば電車の中の広告は、転職サイトや転職エージェントのものばかりだということに気づく。そりゃそうだ、通勤客のサラリーマン向けの広告をターゲットにしているから、必然的にそうなる。

「転職、転職、さっさと転職!しばくぞ!」
切迫感に苛まれているのか、俺の脳内には「転職おばさん」という架空の存在が現れて、布団を叩きながら俺にさっさと転職をするように促してくる。頭の中が転職のことでいっぱいになってしまって、ミーティングでの上司の言うことも正直上の空だった。

席に着いて少し頭を落ち着かせる。そうだ、あれはちょうど1年前だったろうか、俺の部下の一人もそんなことを言って辞めていった。優秀だし、なにかと気も利くので俺も頼りにしていたし、人間として気に入っていた。アイツは仕事の内容は好きだと言っていたが、会社の在り方、そして会社の中の人間の働き方がどうしても合わないんだと、俺に訴えかけてきた。

居酒屋で飲んでいたので、その時の俺は「どうせこの会社はずっとこんなもんなんだ」とか、「やり方は変わらない」と言うようなことを、アルコールと愚痴が混じりあった言葉をあいつに言ったような覚えがある。

そうしたら「先輩はずっとこのままの会社でいいんですか」とか、「なぜ、変わろうとしないんですか」って、アイツが返してきて、最終的には俺も感情的になってしまった。その次の週に辞表を会社に出していた。次の転職先も決まってなかったのに、だ。

全く馬鹿なことをしたな。会社を去っていくアイツの背中を見て、俺はそう思っていた。だが、今となっては、簡単に相手をそう決めつけて、会社に残る自分を正当化しようとしていただけかもしれない。

なぜか感情的になってしまって、俺はアイツの言うことを受け入れられなかった。それは結局のところ、「自分は変われない」っていう自分自身の諦めの気持ちを、相手に悟られたくなかったからなのかもしれない。今になってようやく、やっと自分の感情に正直に向き合えることができた気がする。

俺は決心した。スマホを取り出し、まずは久しぶりにアイツに連絡を取って、あの時の自分の気持ちをしっかり伝えて詫びよう。転職活動はそれからだ。アイツとこのまま本当に赤の他人になってしまう前に。まだ間に合うはずだ。



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